第12話 ライト
桜が満開の時期を過ぎたころ。
世界中で、より一層『超能力者』に関する議論が進んでいた。
きっかけは、3週間前に公の場に姿を現した『ショーマ』である。既に世間では呼び方の変革が進み、斉藤正真の名前を聞いて『超能力者』を連想しないものはいなくなった。このため、日本のメディアにおいては「斉藤正真」というフルネームで、そして海外やネット上では愛称も込めた「ショーマ」と言う名前が流行っていた。
進んでいる議論には様々なものがある。だが、既に『超能力者の実在』を疑う声は皆無に等しい。なぜなら、彼の行動が日本政府のお墨付きであることが公表されたためだ。
現在進んでいる議論は、盛り上がりが一向に衰えない。それは絶えず入り続ける、斉藤正真=ショーマによる活動が理由だ。
3週間もの間、ほぼ途切れることなく行われる、超能力を使った社会貢献活動。ある時は嵐によって遭難しかけていた漁船を守り、ある時は雪崩によって遭難していた登山者十数名を飛び抱えて救出し、ある時は洪水被害から逃げ遅れた高齢者数名を抱えて救出したりした。
また、その活動は人命救助以外にも使われた。土砂崩れによって塞がれてしまった山道を一瞬で修復し、破裂した水道橋を修復したりなど、様々な公共サービスにも使われた。
世界中に注目された、避難所での謝罪。あれ以降、多くの意見が生まれているが、一貫して変わりないのは___斉藤正真=ショーマを「ヒーロー」と崇める声である。「英雄主義者」と呼ばれる熱狂的なファンたちの存在が、話を盛り上げていた。
そして、現在進んでいる議論。それは、かつて流行っていた、彼を善良な存在と見るか否かの議論ではない。
ついに現れた、本物のヒーロー。その存在に、人類がどう向き合い、どんな未来になっていくかについてのものであった。ここにおいて、彼がヒーローであることを疑う声など、皆無に等しい。
___________
「飽きるわー。まーたこの話」
皆川守理はそう言って動画の閲覧をやめた。
動画を映していたPCは年代物の古さが残る。皆川はあまりこう言うのが好きな訳ではないが、大画面を有していないため、こうしてたまに使って動画鑑賞に使っている。
元はこの部屋の主が何かに使うために購入したものだが___今はこうして、皆川の便利な時間潰しアイテムとなっていた。
「竹田ー、カメラ修理はー?」
「こんなすぐに終わるか!大体な、修理頼むなら部品くらい自分で調達しろってんだ。だと言うのに_」
「ごめん。ラーメン奢るから許して」
「いや許さん。ラーメンごときで買われてたまるか。今度また出張があったらお前に行ってもらうからな」
「えぇ……。いや、それはちょっと流石に」
「うるせぇ。嫌なら自分で修理屋に行くんだな」
「けち」
同じく超常現象研究会に所属している竹田は、いかにもという風貌のメカいじり大好き人間である。ここではぞんざいな扱いをされているが、実際は学生にして既に自分でスマホアプリを開発して売り上げも出している凄腕エンジニアである。なぜこんなところにいるのかは分からないが、その器用さは賞賛に値するものだ。
「…………」
「…………」
他愛のない会話の後に続く、沈黙の時間。二人がそうなっているのは、無理もない。なぜなら、部屋の隅には明らかに場のテンションとかけ離れた様子の青年___境シンジが、茫然自失といった表情で座っているからだ。
「……先輩、何があったんだ?」
「まぁ、アレでしょ。超能力者の……」
「いや、それは知ってるけど、いくらなんでも落ち込み過ぎな気が……」
境シンジは本当に捉え所のない人間だ。何を考えているか分からず、分かったときには全てが決着していることばかり。だが、それは
二人の頭脳はそれなりにいい方だ。竹田は既に実績を出しているし、皆川も成績優秀者で有名である。幼い頃から、それなりに勉強もできる部類の人間だった。だが、この男の考えていることだけはさっぱり理解できない。もしかしたら、二人ともシンジのそんなところに惹かれたのかもしれないが___
それでも、この男に今、あまりよろしくないことが起こったということだけは分かる。
(この人って、一つのことにこんなに固執する人だっけ?)
皆川はそっと、シンジの顔が見えるところまで近づく。
さぞ酷い顔をしているんじゃないかと思いきや___
(あれ)
目は閉じていた。おまけに、規則正しい呼吸の音まで聞こえる。
(寝てる)
境シンジは、窓から差し込む日差しを、まるで日向ぼっこをする猫のように浴びながら昼寝をしていた。
「…………」
先ほどまでの自分の心配を返して欲しいと思う。予測のつかないところはいつも通りなので、それはそれで安心した。
寝顔は穏やかなもので、表情が険しくなっているといったことはない。何気に初めてみる寝顔だった。皆川はたまに机の上でヨダレを垂らしているところを起こされることもあるし、竹田も泊まり込みの作業をして、翌日来てみたら白目を剥いて寝ていたことがあった。
だが、シンジの寝顔はどんな下品さとは縁もゆかりもない。皆川がさらに近づいても、起きる気配はない。
(…………)
まじまじと見つめながら、さらに顔を近づける。そしていよいよ、距離が拳一個分になった。
ゴクリと喉を鳴らし___少しだけ思いとどまり、デコピンで起こそうと、指を額に近づけ___
「起きてるから」
「ううぇぇぇっっっ?!」
すぐに腕を掴まれた。
即座に引き離し、飛び上がって距離を取った。
「随分と顔を近づけて来たな。悪戯でもする気だったか?」
「え、あ、いや、違……」
頬を赤くしながら後ずさりする皆川。
今のは完全に成功した奇襲だった。はずだというのに、この男とくれば___どうしていつも、予想に反することだけはしっかりやってくれるというのか。
「先輩、寝てなかったんですか?てっきり落ち込んでんのかと思いましたよ」
慌てる皆川が何かいう前に、竹田がフォローを入れてくれた。内心で「竹田、ナイスっ!」と思い、そのままそろーりと部屋の隅まで移動する。
我ながら、どうかしていたと思う。
「落ち込んでるよ、しっかりとね」
「……まぁ、無理矢理引き離されたら確かに嫌ですけど……」
シンジは、正真との一件について、この二人にはちゃんと共有している。正真と共に1週間旅をした話も、正真と山下と名乗る男によって取引がなされ、その結果シンジは正真との接触を禁じられたこともだ。
最初の方、ノリノリだったシンジを覚えている二人にとって、その話は大変残念なものであると分かっていた。しかし、それでもこの落ち込みっぷりには、意外だと感じた。
「まぁ、後ろ向きに考えても仕方ない。他のことに目を向けよう」
「……はい」
そういうなり、シンジは立ち上がって部屋を出て行ってしまった。荷物を持っていないので、帰る訳ではなく、ただのトイレだろうが、皆川と竹田は、シンジがそのまま帰ってこないんじゃないかという不安に駆られた。
「……はぁ、喜ばせられるようないいニュースでもあればいいんだけどな」
竹田が開いたSNSでは、連日連夜『超能力者ショーマ』の話で持ちきりである。ありとあらゆる人間がこれに対して意見を唱え、時には反発しあう。使われ尽くされた話題を、まださらに使おうとする人のことがどうしても理解できないと考え、ため息をつく竹田だったが______
「___あれ?」
目に止まった、違和感の強い動画を見て、動きを止めた。
動画には、明らかに超能力と思わしき力で、破壊活動を行う人物が映っていた。
「え、嘘だぁ。斉藤正真って、人助けとかしてるやつなんじゃ……」
そういいながら、動画を投稿した人物のプロフィールを見て___竹田は勢いよく立ち上がった。
「え、ちょ、何?どうしたの、いきなり?」
「……おい、なんだよこれ」
竹田の口から溢れた言葉は、ちょうどドアを開けて部屋に入ってきたシンジが目を見開くほどに衝撃的なものであった。
「これ、斉藤正真とは別の___全く別人の超能力者の動画だ」
___________
「今日もご苦労だったね。いつもありがとう」
「いえ、これくらい簡単です」
正真はいつも通り、たくさんの人に見送られながら、車に乗り込んだ。
車は山下が運転する政府専用車である。その周りにも何台もの車が囲み、国賓級のVIPをもてなすかのような特別な待遇であった。
超能力者対応会議。
あの事件の後、新たに内閣府の中に設置された組織である。
議決権を有する委員は山下を含む、数名の官僚で占められている。表向き、斉藤正真に関する一連の事件についての対応を検討する組織とされているが___実態は山下の手引きによって、超能力者たる斉藤正真の支援機関と化していた。
現在、正真は複雑な立場にいる。彼の処遇をめぐる法律はまだ何もないため、超法規的措置として、現在はありとあらゆる政治・司法的な判断が保留とされている状態だ。どんな決断を下すにしろ、世間は大きく揺れ動く。おまけに、まだ超能力について、公権力は無知過ぎた。通常なら大混乱に陥りかねない状況だが、正真が政府に対して好意的な反応を見せたことが、ことの成り行きを穏やかなものとしていた。
政府としては、正真が何かを害しない限り、その行動を見守り続け、超能力についてデータを取る必要がある。また、正真によると、超能力を使い続けることで力の向上がみこめるのだという。
もしかすると、本当に『死者の蘇生』という御伽話のような出来事が実現するかもしれない。警戒と希望の両方を抱きながら、当面の間、政府は斉藤正真を超能力者対応会議を通して観察し続けることにした。
観察し続けることで、少しづつ万が一のことを考えた対策も浮かんでくるかもしれない、という打算もそこにはあったが。
正真はそんな状況の中、3週間に渡り日本全土を飛び回った。
ある時は離島の海で、ある時は山地の断崖絶壁で、ある時は洪水による被害を受けた地方部で。超能力者対応会議が用意した車やヘリコプターに乗せられながら、あちこちを飛び回った。
両親は現在、長野県にある政府の要人御用達の宿泊施設で生活している。なるべく生活感が持てるよう、食事などは自炊でお願いしたし、監視の目は約束通りつけないこととなった。穏やかに暮らすことはできているだろうが、家族として離れ離れになったことが解消されるわけではない。これを解消するには、どんな状態であっても、自分が社会に害のない存在だと知らしめ、そして自分の罪を
その日々は濃厚な体験だった。あちこちで様々な声に晒されたが、時には心温まる感謝の声ももらった。「頑張れ」という応援ももらった。
それは何にも変え難い経験だったが___シンジと共に過ごした日々に比べれば、幾分か密度は薄い気がしていた。
そうして夕方になり、次の目的地に向かうまでの一時的な休憩所として、正真を連れた超能力者対応会議の一行は京都近郊にある宿泊施設に泊まることを予定し、高速道路を走っていた。
だが___この一行にも、情報が舞い込んだ。
それは、二人目の超能力者が現れたという、信じ難い情報であった。
___________
動画には、空中に浮かぶ人影と、そこから発せられる青い光が、あたり一面を焼き尽くす場面が映っていた。
逃げ惑う人々。撮影者に慌てた様子はなく、わざと被害の様子を拡大して見せているようだった。
「……これ、一般人の撮影じゃないな」
カメラに詳しい竹田はそう分析する。
「ってことは」
「この撮影者は、多分これが起きることを知ってて撮ったんだ。多分、こいつの仲間なんだと思う」
竹田が「こいつ」と言い指さした先には___空中に浮かび、青い光を発する人影があった。体格などからして、大人であることが分かる。
「青い光……斉藤正真は赤い光だったよね?」
「そうだ。これは斉藤正真じゃない。これは、全く別の超能力者だ」
動画では、周囲一体を破壊し尽くした後、場面が移り変わり、瓦礫の上に立つ人物の話が始まっていた。
『ご機嫌よう。全世界の聴衆たち』
その人物はよく通る声で話を始めた。声や見た目からして、男だと思われる。簡素なシャツを着ており、髪はオールバックに撫でつけられている。一見すると目立った特徴のない外見であったが、その佇まいと声、そして、まるで本当に全世界を見渡しているのではないかと思わせる、鋭さと自身に満ちた目が、男が異質な存在であるという認識を視聴者全員に植え付けていた。
『私の名はライト。ご覧の通り、斉藤正真とはまた別の___超能力者だ』
ライトと名乗った男は、堂々と自らを超能力者だと名乗った。
斉藤正真により、全世界的に広まったその概念。
その言葉が何を意味するのか、理解していない人間はもういない。
そして、ライトという奇妙な名を名乗った人物は、瓦礫の上で歩を進め、話を続ける。
『私が誰なのか、私がどんな存在なのか___そして、私がなぜこんなことをしたのか、君たちは疑問に思うだろう』
男が崩れた瓦礫のてっぺんに座ると、カメラのアングルが変化した。
男の正面にカメラが構え、男の視線が見ている全ての人物に突き刺さる。
『だが、その疑問は必要ない。その答えは、もうじきこの世界が示してくれる』
「……何言ってんだ、こいつ」
竹田がポロリと感想を漏らす。無理もない。超常現象研究会というわけの分からないところに所属し、さらにここ1ヶ月もの間、超能力に関することばかり調べていた皆川にとっても、この男の言っていることは少しも理解できなかった。
『斉藤正真はこの力を良き社会のために使った。手本のような、素晴らしい取り組みだよ。私は、彼の正義の心に心からの敬意を表する』
恭しく挨拶をする男の表情は真剣で、それでいて微かな笑みを浮かべている。
初めてみる人物であり、何を言っているのかも理解できない。だが、まるで引き込まれるかのような感触を、竹田と皆川は感じていた。その感触は___この動画を見る、全ての人間に共通する話であったが。
『そんな彼に敬意を表し、私も力を___正しき目的のために使おうと思う。この景色を見てくれたまえ』
カメラアングルが再び変化し、男の周囲に満ちる、破滅的な光景が映る。
船橋でのあの事件を思い出させる、凄惨な破壊の痕跡。
男が「正しき目的」として指さした先にあったのは、正しさからは程遠い光景だった。
『この街は、こうして私によって破壊された。壊すのは簡単だったよ。力を少しだけ撃ち放っただけで、この有様だ。船橋の事件を思い出した人もいるだろう。斉藤正真は意図せずに力を使ってしまい、その暴発の影響であの破壊をもたらしたと言っていたね』
男は腕を振り、優雅なジェスチャーを取りながら語り始める。
”
『暴発は事実だろう。だが、多くの人が勘違いしていることがある。
___あの程度の破壊行為、超能力者にとっては赤子の手を捻るようなものだ』
その発言が如何なる意味を持つのか。
理解が早いものは青ざめた。理解が遅れた者も、言いようのない恐怖に苛まれた。
動画を見ていた明石は、悪い予感が的中したと言わんばかりに頭を抱えた。
『君たちは超能力者の底を理解していない。斉藤正真が大人しく政府に従ったのを見て、恐らくこう思ったのではないか?___"超能力者はすごいが、それよりも国家が有する武力の方が勝るだろう"、と』
こうして___開けてはならないものが開いてしまった。
男は歩みを止め、カメラに向かって振り返る。
『それは勘違いだ。超能力者は、君たちの想像よりも遥かに強い。その気になれば、一人で国を滅ぼすことだってできる。核兵器であっても、我々には通用しないだろうね』
その男の声は、まるで世界の終焉を告げる笛の音の如く。
『それは私も、斉藤正真も同じだ。我々は、この世界を根底からひっくり返す力を手に入れた』
その男の話は、人類を憂いた預言者の如く。
『私はこの力を___人類の解放のために使う』
その男が広げた両手は、まるで終末を告げる天使の羽の如く。
『私が、人類をあらゆる抑圧から解放してみせよう。___この、青い力を使って』
男が握りしめた先にある青い光は、まるで星空で輝く星々の如く。
『私は、この世の全ての抑圧を許さない。あらゆる不平等、あらゆる不公平、あらゆる不道徳。抑圧を生み出す全てを、私は打破してみせる』
男___ライトの目は______まさしく全ての人々を照らす
『私はこの力で、抑圧を生み出す根源___国家という枠組みを破壊する』
『明日』
『私は、国家に挑戦状を叩きつけてみせよう』
『明日の夕方の17時。東京にある___警察庁本部を、襲撃する』
そうして、動画は締めくくられた。
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