第13話 緊迫
衝撃的な動画が投稿されて数時間後。
とあるホテルの会議室にて、山下率いる超能力者対応会議とメンバーと超能力者である正真が座っていた。
「やれやれ、この国はもうすぐ滅ぶのかもしれないな。しかも今回のは、敵意丸出しときた」
山下がポリポリと頭を掻きながら机に突っ伏しかけていた。
その言動と行動を咎める者はいない。それは、ここにいる誰もが、山下の考えに共感せざるを得ないほどに、この切羽詰まった状況を危惧しているからであろう。
「あいつが何なのかは一旦後回しだ。まずは対策の話から。警察庁の防衛はどうなってる」
「機動隊が既に動員されており、警視庁の第一から第三の機動隊が既に動いております。今夜中にでも、防衛体制は整えられるかと」
「バカじゃないのか?機動隊如きで相手になるわけないだろう。あの動画をちゃんと見たのか?」
山下が珍しく、怒りを露わにしている。だが、その考え方は実に合理的だ。事実、本気を出して敵意をぶつけてくる超能力者相手に、その程度の戦力は釣り合わないにも程がある話だった。
「冷静に軍事的な考え方をしてみろ。到着した瞬間、動く隙すら与えずにミサイルとか戦車の大砲とか対物ライフルとか、考えうる限りの最大火力をぶつけて、やっとのことで倒せる道が開けるような奴だぞ。警察の拳銃如きで相手になるわけないだろ」
「もちろん、自衛隊の出動要請も出ております。しかし、人口密集地帯でそこまで大規模な戦闘はできないため、あくまで武装した自衛隊員による防衛が限界だそうで……」
「相手は国ごと破壊する奴だぞ?ああ、言ってやるとも。あれだけの破壊をもたらす存在なぞ人間ではない。そんなのは怪獣、モンスターの類だ。警察はゴジラを相手にしても同じことを言う気か?違いなんて大きさだけだと言うのに」
山下は呆れ返った様子で、話を続ける。
「はぁ……。ゴホンッ、超能力者対応会議としては、今回の事件___通称”超能力者ライト”による一連の犯行声明を重く捉えている。これは、国家の威信をかけて対処すべき事項であり、何としても解決、いや、阻止すべき出来事だ。我々は、警察庁に対し、最大限の警戒を依頼するとともに、万全を期するために自衛隊の動員要請を出すことを勧める。自衛隊の動員も活かし、現在の日本政府が行いうる最大の警戒体制でもって、”超能力者ライト”の対応にあたるように」
山下は録音モードにしたスピーカーにそう声をかけると、乱暴に録音状態を切断した。
「この音声を警察庁に送付してくれ」
「承知いたしました」
これは建前上の仕事だろう。一応、現時点では超能力者対応会議の指揮権を有する山下の意見は、超能力者に関わる事案において、非常に重要な意見になる。その山下からの、最大レベルの忠告。それは、超能力者対応会議がなすべき最大の仕事と言えた。
「全く、このままじゃ壊滅待ったなしだな。死体の山で済めば御の字ってもんだ。___さてと」
山下が正真に向き直る。
今回の事件において、重要な参考人となる、同じ超能力者である正真が何を思うのか。それは、山下だけではなく、これまで注目していた全ての人間が考えることだった。
「正真君、あの動画を見て___どう思った?」
「___」
正真は、ワナワナと震えている。
拳を握りしめて、目に
「俺は」
正真が積み重ねを行なってきた1ヶ月間。この期間で正真は数多くの貴重な体験をした。それは誰かに感謝される体験であったり、求められることの喜びを感じる体験であった。だが、その一方で、自分が傷つけてしまった人たちがどんな思いをしているのかを考えると、本当に気が狂いそうだった。何度も何度も頭を壁に打ちつけ、何度も何度も倒れるまで力を使おうとした。
そんな中、現れたまた別の超能力者。そして、それによって引き起こされた災害。しかもこの男___ライトと名乗った男は、それを自らの意思で引き起こしたという。
その振る舞いに、人並みに怒りを感じている。だが、それ以上に___
「あいつと、話してみたいです」
正真は、興味を抱いていた。
「……それは、同じ超能力者としてのシンパシーかな?」
「それもありますが、それ以上に、俺には理解できないんです。こんな力を持っておいて、それを自らの意思で外に振りまこうとするなんて、俺には絶対にできない。超能力者なんて、自らなりたいと思うなんて、信じられません。こんなに怖い力だというのに」
「なるほど、君はそう考えるのか」
正真は、この力に目覚めた時のことを思い出す。
あの時、自分は何を考えていただろうか。
命が助かって良かったという安堵。助かったことへの驚き。そしてそれ以上に、何か気味の悪い何かに取り憑かれたかのような恐怖があった。
あれは決して、気持ちの良い体験ではない。少なくとも、あのような高揚したした様子で自慢げに語れるようなものではないことは確実だと、正真は考えていた。
「あいつは___ライトって奴は、異常です」
「ふむ。実際、埼玉にあるさいたま新都心の付近であの爆発が起きたようだ。その犯行声明を出したのが、ライトと名乗る人物だ。現在でも被害区域の調査は進んでいるが、避難した被害者の証言によると、どうやら上から爆弾のようなものが降ってきた、と言っている」
「爆弾のようなもの……?」
「ああ。これは船橋の時のものとは大きく異なる。あれは一瞬にして大規模な衝撃波が発生したのに対し、こちらは上から
正真にとって、1ヶ月前に引き起こした爆発事件は、既に過去の出来事だ。無論、その苦々しい記憶が、罪が消えるわけではない。だからこそ、話に出されても平然としていられるが、心が動かないわけではない。
ましてや、あのようなことを自らの意思で起こした者がいるという話は、そんな正真の心を揺さぶるに十分な情報であった。
「正真君、君のことをしばらくの間観察してきたが、”火の玉を飛ばす”ということは確認されなかった。君にもあれはできることなのか?」
「……火の玉、は分かりませんが、使い方は何となく分かります。動画の感じ、あれは単に力の塊をたくさん飛ばしているだけです」
「ほう?」
「あれは超能力の中でも、最も簡単な部類の力でしょう。建物を直すことの方がよっぽど難しい」
「なるほどな……そうなると、超能力者の最も基本的な力だけで、あれだけのことができるということか。凄まじいな______おまけに、それなりに熟練度も高い超能力者のようだ」
「___?それはなぜ?」
「この動画を見たまえ」
山下が携帯端末で見せてきた動画。
そこには、炎が所々で上がりつつも、よく目にする一般的な住宅街が映っていた。
「これは?」
「先ほど、”ライト”によって破壊された区域の映像だ。見ての通り、既に修復されている」
「なっ___」
「これは君と同じ使い方だな。破壊された建物を、自らの手で修復している。イカれているよ。君は偶々壊してしまったものを直し、懺悔するだけに使ったというのに、こいつときたら、自発的に壊してから直すとは」
建物の修復は、力を得たばかりの正真にはできないことであった。
もし、このライトという超能力者が、そんな力を持っているのであれば___。
「………こいつ、力を隠したまま日常を過ごしてたのか?」
「君もやはりそう予測するか。私も同じことを考えていた。今日目覚めたばかりの超能力者がここまでできるはずがない。この爆発が起きる前から、こいつは力に目覚めていた」
超能力を隠して生活する。現在の正真も、何とか力をセーブすることで、ギリギリ日常生活が送れるようになっている。何かの弾みで物を壊してしまったりする危険性と、常に隣り合わせの状態で生活しているのだ。それをここまで隠し切ってきたのであれば___それは、ある意味で正真よりも優れたものを持っているということになる。
「その予測が当たってしまうと、さらにまた別の嫌な予感も的中してしまうな」
「……嫌な予感、というのは?」
山下は見るからに冷や汗をかいている。普段の様子からは考えられないような、焦燥っぷりだった。
「こいつは、ここまでずっと準備してきた可能性が高い。明日行われる襲撃も、全てあらかじめ仕組んでいたことだ」
___________
翌日、警察庁本部前。
夕方の時間となり、周囲は緊迫した空気に包まれている。
ようやく片付けが終わり、建物から外に出た明石と宮下は、あたり一体を封鎖する機動隊と自衛隊の様子を眺めながら、近くにある別のビルへと移動していた。
「あと30分で予定の時間ね。死者が出たりしなければいいのだけど」
「……今我々にできることは、どんな事態になっても対処する準備を整えることだ」
明石の表情は固い。宮下など他の刑事も当然不快の絶頂のような気分であり、表情が固くなるのは当然だが、明石はより一層固い。
それは、自らがかつて向き合った超能力者という存在が現れたことと無関係ではない。今回やってくるのは、斉藤正真のような良き心を持った超能力者ではなく、攻撃の意思を有した、邪悪な超能力者である。明石が推測していた最悪の可能性が、二人目の登場という思いもしない形で実現してしまった。
表情が固くなり、不機嫌になるのも頷ける話であった。
二人が向かった先は、襲撃予定地であり、これから戦場になる恐れのある場所から少し離れた虎ノ門ヒルズである。ここには、今回の事態を一時的に管轄する司令室が設置されていた。
ビルからはやや離れた場所にある警察庁の建物を見ることができる。そして、その周囲に散開した、多数の防衛部隊を一望することもできた。
わずか1日でこれほどの体制を整えたことには、素直に賞賛を送りたい。普段から国家を守るために戦う、多くの人々の努力の結晶と言えた。
ビルに到着した明石と宮下は、そこで予期せぬ来客の存在に足を止めた。
「ねぇ、あれ___超能力者対応会議の人たちじゃないかしら」
「______!」
宮下が指さした先にいたのは、ちょうど到着したばかりの数台の車と、そこから降りてきた、見覚えのある人間の顔である。
その中には、その場にふさわしくない、ラフな格好をした少年もいて___
「斉藤正真くん、なぜここに?」
明石はものすごい勢いで彼らに近づいていくと、スーツの男たちに囲まれていた少年___正真に話しかけた。
「明石さん……」
3週間ぶりに出会った正真は、以前に比べて頼もしく成長しているようだった。以前に比べてさらに鋭さを増した目つきと、幼さの抜けた凛とした佇まいは、明石と別れてからの彼の変化を物語っている。
その成長は本来、喜ばしいもののはずだ。だが、正真を取り巻く状況を鑑みると、決してそれは良い変化ではない。明石にとって、その変化は歯痒いものであった。
「なぜ君がここにいる。これから始まろうとしているのは戦いだ。君がこんな場所にいる理由はない」
「理由ならあるとも。君が口を挟む理由はない」
正真の横に控えていた山下が口を挟む。山下には3週間前、辛酸を舐めさせられたばかりだ。口を出されていい気分のする相手ではない。
「……確かに彼は超能力に関する事件の当事者だろう。だが、今回のこととはなんの関係もないではないか!」
「その通り、無関係だよ。だけど、彼がここにきたのは関係のある無しを問わない理由だ。単純な仕事だよ」
「仕事だと……?彼に何をさせる気だ」
明石が詰め寄ると、超能力者対応会議のスタッフたちが明石の前に立ち塞がった。その様子を見るに、山下は組織の中でも特別扱いの人間らしい。山下が目配せをすると、正真は数人のスタッフと共に建物の中に入っていった。
「人聞きの悪いことを言う。別に我々は、彼に何も命じてなどいない」
「
「それも含めて、彼の承認の上での行動だ。我々と彼の関係はビジネスパートナーに近い。互いが互いに与え合う関係ってことだ。これに君はケチをつける気か?」
「……何をさせる気だ。私も、今回の事件を担当する刑事の一人だ。それを知る権利はあるぞ」
ビジネスパートナー。
その言葉を聞いて明石が疑問に感じたのは、本当に正真はその働きに見合うものをもらっているのか、というものだ。あれだけの働きをした、それに見合うものなど___本当に、存在するのか?
「もちろんだが、戦いに参加するわけではない。我々、超能力者対応会議は継続的な斉藤正真への観察により、超能力に関する様々なデータの取得に努めたが___今回、ライトが見せつけた超能力は、これまでのデータにないものだった」
「そうか、データ回収ってわけか」
「その通り。それにあたり、現状唯一の観測装置たる斉藤正真を、現場に連れて行かないわけにはいかない。そして___万が一、ありとあらゆる防衛戦が破られた時の最後の砦にもなる」
「___貴様」
明石の顔から、あらゆる表情が抜け落ちる。先ほどまでの険しい表情とはまた異なる、純粋な熱が彼の心を支配した。
山下は「砦」といった。それが何を意味するのか、分からない明石ではない。
「怖い顔をしないでくれ。これもまた、彼の判断だ。こんなことは我々からも提案していない。先ほど言った『砦』と言う表現は、斉藤正真本人が自ら発した言葉だ」
「______」
「いい加減、薄っぺらい正義感で私に突っかからないでくれ。私だって国のために働く、君と同じお役人だというのに」
そう言って、山下は部下と共にビルの中に入っていった。
「______」
「ちょっと、突っ掛かりすぎでしょ。確かに気に食わないけど……」
側から見ていた宮下は、明石が熱くなっていたことが手に取る様にわかる。この時の明石は、これまで見たことがないくらいに怒っていた。
そして、その俯いた顔に、己に対する悔しさを滲ませていたことも、正確に捉えていた。
「……私たちも行くわよ。もうすぐで始まる」
約束された戦いの時まで、あとわずか。
明石は、宮下に引っ張られるようにして、作戦司令室へと入っていった。
___________
時計が、17:00の時間を表している。
司令室の中は物音を許さない、張り詰めた空気が漂っている。
望遠カメラで映し出されている警察庁付近の様子は、今のところ大きな変化はない。
明石はその様子を見守りながら、ライトと名乗る超能力者について、考えをめぐらせていた。
通称、”超能力者ライト”。斉藤正真の存在で沸いていた世間を一瞬にして黙らせてしまった、唐突な襲来者。
それまで一切の姿を見せず、唐突にさいたま新都心を壊滅させた後、自ら破壊した街を自らの手で修復するという、理解のできない常軌を逸した行動を行った。その後、綿密に設計された動画を発信し、一瞬にして落ち着きつつあった超能力者を巡る世論の
後から報告されたことで知ったのだが、さいたま新都心での被害では死者が一人も出なかったのだという。被害者によると、最初に威嚇のような攻撃を受けたのち、段々と攻撃が苛烈になっていき、住民の避難が完了したタイミングであたり一帯を火の海にすることとなった。
そのような異常な行動、そして作るこまれた動画に映る様子から分かるその人物像は、強い自己顕示性だ。自分の力が強いことを誇示するかの如く破壊活動を行い、自分という存在がいかに特別であるかを動画にて強調し、自分が国家に匹敵する力を持った存在であることを挑戦状でもって示した。
そんな人物が、ただ破壊活動を行うためだけに警察庁を襲撃するとは考えづらい。この行動にも、自己顕示につながる何かしたらの目的があるに違いない。
一体、何をするつもりなのか___全く予想のつかない存在の襲来に手に汗握りながら、人々は彼の襲来を待つ。
襲撃予定地点の周辺地域、霞ヶ関や日比谷周辺地域は現在、立入禁止区域となっている。電車も止められ、公共交通機関は一切通ることができない。
だが、周辺のビルには多数のメディアが張り込んでおり、ヘリコプターによる報道なども行われている。ヘリコプターの台数は3台近くあり、その様子は全世界に実況中継されている。
斉藤正真によって火をつけられた『超能力者』を巡る話題。1ヶ月の時を経て落ち着きを取り戻して人々の関心は今この瞬間、ライトという一人の人間に集まることとなった。
そしてついに___その時は訪れる。
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