第9話 保護
明石は目の前で唐揚げ定食を平らげた少年のことを、どうしても超能力者だとは思えなかった。
ここは警察庁本部のビルである。つい先ほど、パトカーで斉藤正真と、その付き人であった境シンジを連れてきたところだ。二人ともこうなることがわかっていたかのようにすんなりと事態を受け入れ、されるがままにこの部屋に連れて来られていた。
あまりにスムーズな事の進行に、明石は面食らっていた。ここ1週間、根気を詰めて捜索を続け、様々な出来事に頭を悩ませていたことの疲れが、今になってドッと出てきたのかもしれない。目の前の二人の様子は、明石が脱力感を覚えるには十分であった。
「正真、ほんと唐揚げ好きだね」
「シンジは好きじゃないの?」
「あんまり。揚げものを食べると口が痛くなるし、胃にもよくない。集中力が下がる」
「へぇ……」
刑事として多くの人間の取り調べを行ってきた明石。悪意の存在を感知するその能力を駆使してきたため、取り調べは常に的確に行うことができた。
しかし、目の前の二人からは何の悪意も感じ取れない。あれだけの経験をした人間が、こうも綺麗でいられるのか?普通なら自分のことを取り調べてこようとする刑事には、誰もが若干の敵意を抱くはずである。だからこそ、この二人が自分に対しても全く敵意を抱いていないことが、明石の混乱をより大きくした。
「刑事さん、私語って大丈夫なのかい?」
「ん、ああ。今は取り調べの時間ではないからな。好きにしてくれて構わない」
「そうかい。もう食べ終わったし、いつ始めても大丈夫だよ」
「あ、ああ。分かった……」
それにしてもこの青年は一体何者なのか。やたらと親しく会話をしているようだが、斉藤正真とはどんな関係なのだろうか?まさか彼も、超能力者なのではないか?そんな疑念が明石の頭を掠める。
「あ、言っとくけど僕は一般人ね。超能力者とかじゃないから、気にしないで」
「え?」
まるで頭の中身をそのまま見られているかのような衝撃に、明石は思わず立ち上がりそうになる。
明石には、この青年、シンジこそが超能力者だと思えてならなかった。明石は気持ちをリラックスさせ、シンジに質問を飛ばす。
「……なぜ、私の考えが読めたんだい」
「明らかに僕に対して疑いの目を向けていたからね。その場合、何を考えているかは明確だ。何せ正真と違って、僕については情報が無いに等しい。調べたくなる気持ちはよく分かる」
明石は、この洞察力に優れた青年が、斉藤正真以上に厄介なものだと思った。
___________
「早速だが、まずは基本的なところから聞かせて欲しい。斉藤正真くん、君は本当に、世間で騒がれている”超能力者”なのか?」
「はい、この通りです」
正真は飲み物が入ったコップを触らずに持ち上げてみせた。ここまでされると、明石としてはこれまで疑いを捨てていなかったことが馬鹿らしく思えてくる。
「分かった。ちなみにだが、それは本当に”超能力”だと思っていいのかい?」
「それは……分かりません。これが何なのか、俺もさっぱりわからないんです」
「本人が分からないことを聞いても意味ないぜ、刑事さん。”超能力”ってのは、便宜上そう呼ぶのがピンとくるってだけなんだし」
「む、そうだな。そこは何か分かったら教えて欲しい」
現状、斉藤正真が有する力を、「超能力」以外の言葉で説明することは難しい。それに、なんと呼ぶかはこの際、重要な情報ではなかった。
「その超能力のが発現したのは___例のトラック追突事故の時で間違いないかな?」
「はい。これは俺も明確に覚えています」
「なぜ発現したのか、理由に思い当たる節は?」
「それも全く……。気づいたらこの赤い光が、自分から流れていたんです」
「そうか。これも不明事項だな」
「あはは、もしかしたらそのトラックが特殊なんじゃないか?当たったらみんな超能力者になる、みたいな」
「冗談の発言はやめたまえ。今は正式な時間なんだ」
今この時間は、超能力についての正確な情報を得るための話をしている。会話は全て録音されており、記録された話は全てその後の捜査に向けた参考情報として使われる。だからこそ、明石は細心の注意を払い質問を行っていた。しかし、この青年のせいで、明石はペースが崩されていた。
「君がこの場にいることができるのは、君にも超能力者としての疑いがあるからだ。そうでなければ今すぐにでも別の取り調べを始めるから、そのつもりでいてくれ」
「分かりましたよ。取り調べもいますぐやってくれちゃっていいんだよ?」
「…………」
明石には、この青年の落ち着きようが理解できなかった。
「今日、君は空を飛んであの場にやってきた。君にとって、空は簡単に飛べるものなのか?」
「はい。最初はうまくいきませんが、イメージできれば簡単です」
「そうか。超能力といっても色々な使い道があるようだね。ここ最近の活動では、人や障害物などを持ち上げていたようだが、あれも簡単にできるのか?」
「はい、物を動かすのは一番簡単です。自分を浮かすのも、あれとほとんど同じようなものです」
『斉藤正真』という本名で名乗られたアカウントが1週間上げ続けた動画。その中身は人助けのために超能力を使うというものだったが、その中では実際に1tを超える岩を持ち上げたり、大波で転覆しかけていた船を持ち上げて港まで運ぶというものも含まれている。
「なるほど。となると、その超能力は相当に強いものであるようだ」
「……はい」
思うところがあるのか、正真がわずかに押し黙る。
「他にも、倒壊した家屋を修復するということを行っていたね。あれは、物を持ち上げたりするのと、明らかに異なる種類のものだと考えているが、実際は?」
「はい、あれは単純な作業ではありません。頭の中に『綺麗に修復された家屋』をイメージして、そこからイメージ通りになるように頑張って一つ一つのパーツを積み上げていきます。ただ、一つでも部品を間違えるとイメージを維持できなくなるので……壊れたものを修復するのは……簡単じゃないです」
「そうか」
瓦礫の山となり、完全に破壊された家屋を、ただ念ずるだけで修復する。超能力があるという前提がなければ、それはもはや神の所業に近い。実際、あの現場で撮影した記者は「神の如き奇跡だった」と報じている。だが、目の前に座る少年は、「神」という存在からは、あまりにかけ離れた存在だった。
そして、明石はついに本題に入った。
「ならば______あの大爆発も、君の力によるものなのか?」
正真はすぐには答えない。
無理もない話だ。何せ、明石の質問は、今この場で自分が殺人鬼であることを認めろというものなのだから。
明石はやはりか、と思った。酷な話だとは思う。まだわずか15歳の少年が受け入れるには、あまりにも残酷な話だった。
だが、信じた。全世界の人々からの視線を浴びてもなお、あれほど堂々とした振る舞いができる人間ならば___乗り切って、受け入れることができるのではないかと。
「はい______。あれは、俺の仕業です」
正真は、明石の期待を裏切らなかった。
「そうか。……済まないな、ひどい質問の仕方だった」
「大丈夫です。心の準備は、とっくにできていましたから」
「一応聞くが、あれは君が意図的に起こしたものなのか?それとも、偶然起きてしまったものなのか?」
「信じてもらえるか分かりませんが、偶然です」
「……良かった。事件のことは残念だとしか言いようがないが、少なくともそこに悪意がないことが分かったよ。本当に良かった」
「刑事さん、ちょっといいかな」
すかさずシンジが口を挟む。
「今ので本当にいいのかい?僕は正真のことを信頼してるし、彼のことを守りたいと思っている。だけど、公正な審判を受けて欲しいとも思ってるんだ。その意味では、ただ彼に質問をしただけで、悪意の有る無しを決めてしまうのはおかしい」
「……君の言う通りだ。本来であれば、彼に悪意があったかどうかは分からない、とするのが正確だろうな」
「なら、なんで」
「こればっかりは理由がない。私の勘だよ」
今度はシンジが逆にキョトンとした。正真も、目を丸めて明石を見ていた。会話に参加できず、部屋の隅で静かにメモを取っている宮下も、この時は表情を動かし、ため息を吐いていた。
「……意外だよ。勘に頼る刑事さんが、まさか本当にいるとは」
「私はこの勘に頼って仕事をしてきたが、今のところ一度も大きなミスはしていない。私の勘は信用に値すると思ってくれていい」
「はは。面白いな、あんた」
「……君もな。考えていることを読まれた時は流石に驚いたよ」
「それも勘だよ。一度も外れた事のない、僕だけの、ね」
妙にニコニコしながら、明らかに対抗意識を燃やしている二人に対し、正真はキョトンとした目を、宮下はイライラが募った目を向けた。
「ゴホンッ、それはさておきだ。あの大破壊を引き起こしたのも、その赤い光といったね。これはその他の、物を持ち上げる力や、壊れたものを修復する力とは、また異なるものなのか?」
「それは全く分かりません。あれ以降、力を出すのが怖くなって……。あれと同じようなことは、やれと言われてもできないと思います」
「そうか。いや、この場合は喜ぶべきなんだろうな」
あの大破壊は、ネット上にいくらでも転がっている”超能力”とは明らかに異なる、異質なものであった。超能力によって引き起こされたことを前提にした発生原因の調査では、中心点となる斉藤正真から、強い波状の衝撃波が放たれ、それが何百メートルにも渡って伝播したと推察されている。
住宅地の中であれが再び放たれる事態になれば、再度の惨劇が予想される。たとえ人のいない場所であっても、自然災害級の破壊を引き起こす可能性がある。そのため、再度使うことができないという情報は、情報収集の観点では望ましくなかったが、安全保護の観点で見れば考えうる限り最も望ましい情報であった。
「超能力についての簡単な質問は以上だ。この他の細かい点は、逐次必要になったら、再度聞くことにしよう。これからする話は、今後の君の処遇を決めるにあたり、極めて重要なものとなる」
明石が一気に緊張感を取り戻し、部屋に緊張が走る。正真は姿勢を正し、シンジは笑みを消して、そこから先の話を聞いた。
「まず、警察としての君の扱いが、いかに複雑な状況であるか説明しよう」
明石はホワイトボードに書き込みを始め、グラフを用いて正真の扱いについての説明を始めた。
「まず前提から話すが、今君は3重の異なる人格を持った存在として扱われている。具体的には『未成年』、『超能力者』、そして___『犯罪者』の、3種類だ。状況を複雑にしているのは、君という人間のステータスが多様であることに由来する」
自分のことを、説明のためとはいえ「犯罪者」と呼んだことに対して、正真は動じなかった。その様子を見て、明石は話を続ける。
「先ほどまで君に聞き込みをしていたのは、このうちの『超能力者』というステータスをはっきりさせたかったからだ。まずはこのステータスから話を始めようと思う」
「……やっぱり、これは取り上げないとダメなやつなんだね?超能力者という存在を、潔く認めることはできないわけだ」
「その通りだ。今存在しているありとあらゆる規則は、対象が普通の人間であることが前提だ。普通の人間は力も弱いし、一人では無力だ。交通事故に遭えば死んでしまうし、災害に遭えば死んでしまう。そんな弱い生き物だからこそ、自分たちの身を守ため、数多くのルールを作ってきた」
明石の言葉は重みがあり、ずっしりのその意味が伝わってくる。15歳の正真であっても理解できるような、確かな重みがあった。
「だが、君はそれらの常識に囚われない。事故に遭おうが災害に遭おうが死なず、空を自由に飛び回り、壊れたものを簡単に修復できる。そして、たった一人で一つの土地を破壊し尽くし、空爆並みの破壊を行えてしまう。君がどんな人間であれ、通常の人間の枠を超えた行動が可能だという事実それ自体が、国家の根幹を揺るがしかねないんだ」
明石はチラリと正真を見て、その確固たる強い目を見て話を続けた。
「そんな存在を目の当たりにした時、国家が講ずる手は2つのうちどちらかだ。その存在の危険性を消し去るため、外敵として葬り去るか、保護と称して拘束するかだ」
そう言い放ち、明石は二人の反応を待った。シンジはその会話を聞きつつも、自分が意見するべきではないと考え、正真の反応を待った。正真は明石が突きつけてきた現状を噛み締めながら、目を瞑る。
人を殺したことも受け入れただけでも、正真にとってはギリギリのラインを行き来していた。実のところ、一息ついたら崩れ落ちてしまうほどに、正真の心は揺らいでいた。傍にいるシンジも、優れた観察眼を持つ明石も、そのことはなんとなく察していた。察していたからこそ、迷いがあった。シンジは正真をこのまま前に進めていいのか迷い、明石は現実を知らしめる必要があるのかを迷った。
だが、それでも___自分の罪とひたむきに向き合う少年が、今ここで強くなることを信じて、ただ見守った。
正真は、目を瞑り、気を落ち着かせ___ゆっくりを目を開け、明石に続きを促した。
「……これは後での話にもつながってくるが、今後は君が犯した罪をどう扱うかの話が始まる。それまでの間、警察は君を『保護対象』として保護___実態を言ってしまえば、身柄を預かることにしようと考えている」
警察にて身柄を預かるということ。それが何を意味するのか、分からない正真ではない。
「ただ、この話には致命的な点がある。『仮に超能力者が警察に抵抗しても、警察は強制的にそれを制圧できる』という前提条件がなければ、身柄を預かることなんてできない。だが___君の力は、例え警察が総動員しても止められるものじゃない。それくらいの強さを持っている。違うかい」
「……否定はしません。さっき説明した以外の力の使い方として、自分の周りにバリアのようなものを作るものがありますが、それなら多分銃弾であっても止めることができると思います」
「そうか。そんな力があることにも驚きだが、それならいよいよこの話の信憑性が高まるな。一刑事でしかない私がこんなことを言うのは問題になるかもだが___日本の警察は、斉藤正真という一人の少年に対して何もできないということになる」
宮下がガタンと音を立てて立ち上がった。
「ちょっと、その発言は……」
「問題にはならないよ、宮下。どうせ後で思い知るだけだ」
宮下はこの会話それ自体が、警察という国家の番人にとって致命的であることを理解していた。故に、彼女にとって明石がそれを簡単に認めてしまったことが信じられなかった。
明石はもしかすると、自分はこの発言で警察を刑事をやめさせられるかもしれないと考えていた。それでも___自分が1週間以上に渡って探し続けたこの少年が”良き人間”であることを信じ、問いかけを続けた。
「斉藤正真くん。もし君が、警察による身柄の確保に抵抗する気であれば、警察はそれを止めはしない。だが___もし君が、自らの意思でこちらに来るというのであれば___君を、権利ある市民として守ることを約束しよう」
明石はこの話の大詰めとなる問いを投げかけた。
この瞬間、全てを決めるのは、斉藤正真ただ一人。
大人しくするも自由、抵抗して逃げ出すも自由である。
「……これは重大な決断だと思うから、結論が出される前に聞いておきたい。刑事さん、正真を守るってのは、どういうことか分かってる?」
シンジが真剣な面持ちで明石に問う。その様子には、ほんのわずかの隙も許さない気迫がこもっていた。
「無論だ。彼を守るのであれば、世界中の人間の好奇心と悪意と、真っ向からぶつかることになるかもしれない。そして、彼が背負った罪、そしてそれに対して与えられる罰とも戦うことになるだろう」
明石の言う通り、正真を守ることは簡単ではない。
既に全世界的な有名人と化し、なおかつ『超能力者ショーマ』として一種の記号と化した正真は、既に世界中の思想をひっくり返しかねない存在となっている。
そこには、無数の感情が入り混じることになるだろう。そこには善意も悪意も関係ない。一人の人間が背負うには、あまりにも大きすぎるものだ。
それを守るということはすなわちそれを一時的にでも肩代わりするということである。何ら特別な存在でない、超能力者でもない集団が、それも国家に属する一機関が、である。
宮下の危惧は大袈裟なものではない。事実、今の明石の言葉一つ一つに、この社会の根底を覆してしまうリスクがいくつも含まれていたのだ。
だが、それでも___明石は、目の前の少年が背負っているものが、分相応のものには見えなかった。彼が背負うものは大きすぎる。それは、自分たちのような大人こそが背負うべきものだと思えてならなかった。
「分かっていてそんなことを聞くのか。あんた、刑事でも相当イカれた部類の人間だろ」
「……はっ、そうかもな。宮下に聞いてみろ」
「おねぇさん。この人って頭おかしいのかい?」
「はいその通りです」
表情を変えず(げっそりとした表情のままで)にそう言い放った宮下。
「ははっ……」
正真は思わず、その様子を見て愉快な気持ちになった。
明石とシンジは、正真が今日初めて見せた笑顔を見て面食らいつつも、場がわずかでも和んだことに安心感を抱く。
「明石さん、ありがとうございます。こんな俺に、ここまで正直でいてくれて。明石さんが誠実な人だってこと、よく理解できました」
正真は笑顔のまま、言葉を紡ぐ。明石とシンジはすぐに真剣な表情に戻り、正真の言葉に耳を傾ける。
「それに俺を守ると言ってくれたことにも、すごくホッとしました。強がってましたけど___やっぱり、こうやって扱われるのは、すごく怖かったので」
シンジは、ここ1週間の正真が根気詰めていたことを知っている。無理をしていないかには最新の注意を払ったが、それでも正真にかかるプレッシャーそれ自体が解消されることはない。
明石は、正真の言ったことは当然だと受け止めた。彼と同い年の頃の自分に比べ、この少年はなんと強いのだろうとも思った。これだけの感情に押しつぶされそうになっても、まだ立ち上がれることに、明石は確かな尊敬の念を抱いた。
「だから、俺もちゃんと自分の意見を言います。明石さんの優しさに、応えるために」
正真はシンジをチラリと見やり、言葉を続けた。
「まず、警察の保護下に入ることですが、これはありがたく受けさせていただきます。正直言って、願ってもない提案です」
正真の発言に、ふぅと息を吐き出す明石。まるで重いつっかえが取れたかのような安心感に襲われる。だが、次に紡いだ言葉は、明石も想定していないものであった。
「ですが、ただ保護されるのはごめんです。今日俺は、約束したんです。必ずあの人たちに、俺が奪ってしまったものを返すと」
あの場所で行った約束。それはシンジが考えついたものではない。
人を助ける行為そのものは、シンジが提案したものだ。だが___死んだ人間を生き返らせるというのは、シンジであっても発想し得ないほど、飛躍した話であった。
「だから、俺が引き続き外で人を助ける活動をすることを許可してください。自分のことは、自分で何とかします」
「______」
明石は、これほどまでに驚いた経験はなかった。
正真はこう言ったのである。警察の保護がなくとも、世界中に広まっている自分の評判を自力で解決すると。
無茶だ、と思った。世界中に広がってしまった『超能力者ショーマ』のイメージは多種多様だ。だが、実際に災害級の事件を引き起こしたことにより、現在は擁護の声よりも非難の声の方が大きいのが現状だ。正真が知っているかはわからなかったが、実際この時既に反『超能力者ショーマ』の組織すらできつつあり、その批判運動はもはや社会運動と呼べるものにまで発展していた。
それに未熟な少年が一人で立ち向かうのは難しい。正真は巨大な力を持っているが、この戦いは心の問題だ。明石には、正真が一人で立ち向かうには、今回の問題は大きすぎると考えていた。
「……無茶だ。君のことを保護するのは、人道的な配慮によるものだ。我々は決して、君に嫌な思いをしてほしくないからこそ保護すると言っている。だというのに、君は肝心なものを捨てるというのかい?」
「はい。別に、好き勝手させてくださいというわけじゃないです。外で行動するときには必ず許可をもらってからにしますし、何かトラブルがあったらその時の対応はお任せするかもしれません。ですが、俺が向き合うべき事を、明石さん達に背負わせるわけにはいきません」
明石は戸惑いを隠せなかった。
”背負わせるわけにいきません”。何を言っているのか。それを背負うのが自分たちの仕事だ。それに、自分は何も、ただの善意でこの少年を保護するのではない。国家を守るという職務のために、最も効率の良い方法を提示したに過ぎない。これは決して、責任を共に背負うなどという、高尚な提案ではないというのに。
酷い誤解だ。勘違いにもほどがある。この少年には、自分がそんな存在に見えるというのか?
「……言っていることは理解できる。だが、外に出れば少なからず君に対して悪意や敵意を持つ者がいることは確実だ」
「はい」
「それでも、君は何の得もない道を行くというのか?」
「何の得もないわけではありません」
正真は静かに、そして固く、こう言い切った。
「これは俺にしかできないことです。自分にしかできないことがあるって、意外と嬉しいんですよ」
この時の正真は、確かに笑みを浮かべていた。
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