第4話 被害者



翌日、明石は被害地域の住民が避難する避難所に訪れた。

市が運営するその体育館には多くの人が入っていた。その多くは何かしらの傷を負っており、体育館には住民だけでなく多くの医療関係者も詰めかけている。


報道陣も多く構えており、被害者へのインタビューなどを行なっていた。その痛ましい様子を見ながら、明石以外の刑事が聞き込みをしているのを横に、明石は『怪物少年』、斉藤正真の家族を探していた。


被害者の名簿を問い合わせたところ、確かに「斉藤」という名字を持つ家庭があった。しかし、その家族はこの避難所ではなく、近くのホテルにいるという。



ホテルは簡素なビジネスホテルであり、そこにはの家族が滞在しているという。



「初めまして、刑事の明石と申します。斉藤さんのご家族で間違いないですね?」

「はい……」


明石と会話をしてくれたのは、40代の男性であった。その横には、男性の妻と思わしき女性が、表情を硬くして控えている。


「今回は被害の様子等についてではなく、御子息について伺いに参りました。お二人には、息子さんがいらっしゃるとお聞きしましたが、間違いありませんか?」

「……ええ、います」


明石の話を聞いた瞬間、女性の方はびくりと方を震わせた。もう一人家族がいるのであれば、このホテルにも三人で滞在するはずだ。だと言うのに、ここには二人しかない。


「あれから、息子さんはどちらに?幸いなことに、死傷者や怪我人の中に、ご家族の方はいなかったようですが」

「…………」


女性の方は、今にも泣き出しそうな顔で男性に肩を預けている。男性の方も、思うところがある表情で硬い表情のままだ。


「……分かりません」

「……」

「私はその日現場にいませんでしたが、あの後妻から聞きました。あなたは、正真を探しているんですか?」

「……はい、そうです」

「……それは、どんな名目でしょうか。正真を探す理由は、なんですか?」


明石は顔を暗くしそうになって、慌てて表情を引き締めた。

この家族は、既にかなりの心の傷を負っている。だからこそ、傷つけたくないという思いはある。しかし、ここで適当なことを言うことはできない。それは、彼らが現実に目を向ける機会を奪ってしまうことにつながる。


「……御子息の方、正真くんが、今回の事件発生に、何かしら関わりがあるとされるためです」

「___っ!あ、ああっ__!」


女性の方___正真の母親が一段と体を震わせ、涙を流し始めた。男性の方___正真の父親も、さらに険しい表情で感情を押し殺している。

見ていていい気分はしない。当たり前だ。明石の目の前にあるのは、紛うことなき弱者の涙だった。


「……息子は、何をしたんでしょうか」

「安心してください。何も彼を悪者として扱うわけではありません。これは取調べではなく、ただの聞き込みです」

「…………」

「ただ___息子さんに何か事情があることは把握しております。その事情が分かれば、捜査に役立ちます」


明石は、自分がひどく残酷なことを言っていることを自覚している。刑事故に、安直な言葉を発することは許されない。だが、その言葉の使い方が、目の前の夫婦の心を確実に消耗させてしまうことは、どうしようもないことであった。


「……息子は、姿を消しました。警察の方にもお願いしていますが、見つかりません」

「……はい」

「瓦礫に埋もれているわけでもなく、ただ___消えてしまったんです」


母親ほど動揺していないように見えるが、自分の子が何か得体の知れない出来事に巻き込まれていることに心が動かないはずがない。彼もまた___子供の未来を憂う、立派な大人だった。


「刑事さん……もし……正真が見つかったら……もし……」

「___」

「刑事さんは、正真を助けてくれますか?」


父親は真っ直ぐに明石の目を見つめた。その目には、確かな恐怖と、怯えと、苦しみが混じっていた。それでもなお、希望に寄り付こうとして、懸命に足掻いていた。

明石は一際強く気を引き締め、確かにこう伝えた。


「はい。必ず助けてみせます」





___________





その後、斉藤正真に関する情報が現状最も豊富なネットの情報を調べるため、車の中でパソコンをしばらくいじることに。


「全く、情報社会と言うのは恐ろしいな。なんでもかんでも明るみにしないと気が済まない人の性が、こんなに醜く現れるんだな」


ネットの書き込みには、何度も見た斉藤正真の個人情報が載せられている。おまけに彼の家族について、そして彼が通っていた学校についての情報も掲載されている。

当然ながら、無遠慮な書き込みも多数散見される。うんざりしながらそれらの情報に目を通していく中で、一際目立つものがあった。書き込みをした投稿者は、先の事件の被害者を名乗る人物であった。


「……あの事件の被害者でありながら、あの時の撮影者でもあるのか」


おそらくは、斉藤正真の住む地域の住民であろうと思わしき人物の書き込み。その内容は、こんなものであった。



『私は船橋の爆発事故の被害者です。

この事故の原因は色々な憶測を呼んでいますが、私は”怪物少年”の仕業だと考えます。

理由の一つとして、まず”怪物少年”がトラックを止めた時のと、爆発の時に飛び込んできたは同じものでした。どうやったのかは検討もつきませんが、これは見間違いではありません。

次に、”怪物少年”の少年が実際に住んでいたとされる住所が、被害地域の真ん中にあったのです。つまり、あの爆発事故の時、爆発の中心点にいたんです。こうなったら、彼が本当に怪物の力を使って爆発を起こしたとしか思えません。

そして最後に、避難所に彼の家族がいなかったことです。個人情報なので名前は伏せますが、”怪物少年”の少年と同じ名字を持つ家庭が確かにありましたが、その家族は避難所にいないのです。


明らかに怪しくありませんか?

以上のことから、今回の事件のが”怪物少年”だと推察します』



「…………くそ、まずいな」


その投稿には、既に数千件のレビューがついている。

他の投稿にも目を通しているが、既に「斉藤正真」という名前は完全に拡散されてしまっている。


(洒落にならないな。ネット上に挙げられた情報と、現地の情報。これだけで、警察組織と全く関わりのない一般人が、既に警察と同等レベルで情報を得てしまっている)


社会には様々な人がいる。警察組織にいる人間全てが正義の味方だとは思わないが、基本的に彼らは人助けをすることで給料をもらっている。故に、個人情報を開示されて、それを悪用する可能性は低めに見積もっても問題ない。

しかし、一般人が個人情報を、しかも注目されている人物の情報を得てしまった場合、何が起こるかはすぐに想定できる。



”怪物少年”___斉藤正真と、その家族への攻撃。



他にも様々なSNSを調べてみたが、他の話題を塗りつぶしてしまうほど、話は”怪物少年”の出来事で埋め尽くされている。

中にはただ取り沙汰するだけでなく、既に「斉藤正真」の名前を出し、彼に対する責任追求の声も上がっていた。

顔だけであらゆる個人情報が明らかにされてしまうような時代だ。情報を駆使し、悪意をもって正真に近づこうとする人間がいないとも限らない。いや、既にネット上での正真に対する感情は、『怒り』が多くを占めるようになっていた。これはさらにタチが悪い。悪意よりもよっぽど恐ろしい、が正真に向けられてしまうことになる。


(本当に怪物かもしれないが、相手はまだ15歳の少年なんだぞ。こんなことをされて、正気でいられる訳が無い……!)


明石の脳裏に、後藤の言葉が蘇る。


「この『怪物少年』は、絶対に拘束しなきゃならんぞ。2度と同じことを、起こさせないようにな」


ネットを見た一部の一般人が害意を持って正真に接触しようとする可能性。

警察が、正真を本当に『怪物』として扱い、人権なぞ認めぬ対応を行う可能性。

それらの害意が、先ほど話したあの心優しき夫婦に、両親に向けられる可能性。


それらの可能性が、明石を駆り立てる。



(誰が被害者かどうか、誰が犯人かどうかなんて、今は関係ない。解決のために、絶対にやらねばならないこと、それは)



「”怪物少年”___斉藤正真を見つけて保護する」



明石は固く決心した。


「宮下、悪いが斉藤ご夫妻のケアを頼めるか。何かあった時に対応できる担当が必要だ」

「了解。行くのね?」

「ああ、もしかしたら何日もかかるかもな」


宮下をホテルに残すと、明石は単身で車を走らせていった。



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