第3話 怪物少年



【千葉県の住宅地で、大規模な火災と家屋の倒壊が発生】



普段目にすることのない言葉を使って報道されたそのニュースは、多くの人の目を引いた。


注目すべきは、その被害が示された上空からの撮影映像である。

住宅地を襲った謎の災害は、数々の家屋を倒壊させ、あたり一面が火の海となっていた。夜中の時間帯にも数多くの消防車が駆けつけ消化活動を行なっていたが、それでも完全な消化が達成されたのは翌日の朝になってからである。翌日は若干のにわか雨があり、そのおかげもあって火の手は止んだ。しかし、倒壊した家屋に埋もれてしまった人の救助活動はその被害地域の広さも相まって困難を極め、時間が経つにつれ死傷者の数も増えていった。


最も痛ましいのが、ほぼ同じ場所で発見された男性8名が、全員死体で発見されたことであった。全員が、体の真ん中あたりの部分に強い衝撃を受けたような痕跡が残っていたという。


この事件は痛ましい災害として報道されたが、肝心の発生原因は判明していない。地震や落雷の発生は確認されておらず、単純な火災で広がったにしては広がる速度が速すぎる。また、火災だけでは建物の異常なまでの倒壊っぷりが説明できない。


報道では爆発事故の可能性が高いとされているが、住宅地の中にそんな危険物を溜めているような危険な工場や倉庫はなく、唯一の可能性であるガス爆発なども地下のガス管に異常がないことが明らかになり、原因究明は困難を極めた。


原因不明の事故が社会にもたらしたもの。それは被害を受けた地域住民の悲しみだけでなく、一部の人間の探究心・好奇心も含まれていた。


偶然にも、その事故が起きる前日にSNSにて話題を沸騰させていた『怪物少年』。とあるネット掲示板にて晒されたその少年の住所が、今回の事故の発生地域に含まれていたことから、一部ではこのような噂が立っていた。



『この事故は、怪物少年が引き起こしたに違いない』





___________





さかいシンジも、痛ましい事故に対して、悲しみや哀れみ以外の感情を向ける人間の一人であった。


「……事故現場は火災が広がったとは思えないように、。また、その中心点と辺部の被害にそこまで大きな違いがないことから、爆発とも考えにくい」


ぶつぶつと呟きながら、散らかった部屋に飾られたホワイトボードに書き込みをしていく。書き込まれているのは、円形の図形と、家屋と思わしき絵。そこにはびっしりと数字が書き並べられているが、ちゃんとした計算式ではなく、メモ程度に書き込んだとしか思えない書かれ方をされていた。


「自然災害の線は薄く、かつ偶発的な事故でもない。被害にあった家屋全てが、上下真っ二つにされるかのように強い衝撃を受けているとすれば、爆発地点から何かが発せられたと考えるのが自然……」


長い前髪を掻き分けながら、仕切りにホワイトボードに意味のない計算式を書き込んでいく。服装は洒落っ気のないTシャツにジーンズ。そこそこの背の高さを持ちながら細身のその体型は、いかにも大学生男子らしい。それでいてその様子は、まるでパズルに挑戦する少年のようであった。


「んん、仮に衝撃波だとしても、この破壊規模はデカすぎる。あり得るなら隕石が空中分解した時の衝撃だけど、それだとするには逆に被害規模が小さすぎるな……」


ホワイトボードに顔を異様なまでに近づけ、どこに向かって喋っているか全く分からないその様子は、側から見ている人間には異様なものに映るだろう。


「……あの、境先輩?何してるんです、か?」

「あー、待てよ。ここら一帯の全ての家屋が欠陥住宅で、地盤沈下とかがきっかけで一気に崩れた、なんてこともあるか。この地域の海抜はかなり低いし、液状化なども十分に考えられる……だが液状化や地盤の緩みの情報は出ていないな。となるとこの線もなし、そうなると…」

「あー……なるほど」


皆川愛理みながわあいりは慣れた様子で諦めた。このへんてこな先輩がこの行動を取った場合、自分はいないもの扱いされることに完全に慣れているためである。実際、彼の目に彼女は映っておらず、耳にも彼女の声は届いていなかった。


(集中力ぱないなー。こういう人が天才ってやつなんだろうね)


この扱いにはもう慣れているので、気にせず椅子に腰掛け、コンビニで買ったサンドイッチを食べ始めた。6畳ほどしかない部屋には大量のノートや雑誌、印刷されたたくさんのプリントと何に使うのかよく分からない機械、そして部屋の空気に妙にマッチしている一台のPCが置かれている。その中で佇む青年の様子は、現代では絶滅危惧種であろう、好奇心旺盛な青年であることを物語っているようだ。


「よしっ、皆川!早速だが例のリストを全部僕に送ってくれ!」

「モゴッ」


完全に無視されてると思ったのに、いきなり元気よく名前を呼ばれれば、口に含んだ乳酸飲料を吹きそうになってしまうのもしょうがない。吹き出して近くにあったプリントに吹きかけでもしたら、それは乙女としてなんだか大事なものを失ってしまいそうだ。


「いやほんとビクッた。気づいてるのになんで言わないんですか先輩」

「いや、気づいてなかったのはほんと。ちょっと頼み事したいなーって思ってたら都合よくそこにいたから呼びかけただけなんだけど、できる?」

「あーもうほんっと訳分からな……もういいや。あれでしょ、あれなんですよね。昨日調べてた『怪物少年』ですよね」

「うん、その情報全部まとめて僕に送ってくれ」


サンドイッチを隅に追いやり、スマホでまとめた書類のURLをグループに送付した。


「よし、これで、あとは……千葉県の山間地域の中でも人里から離れている……ここら辺かな。それで、登山用に整備されてそうな……」


また自分の世界に旅立ってしまった。仕方がない。もうこんな光景を、かれこれ1年近く見ている。


「……うん、大体ここら辺かな。……よし、じゃあ行ってくるから、鍵よろしくね」

「えっ、ちょっと?行くってどこに?」

「決まってるだろ」


かれこれ30分近くPCをいじり終わったのち、彼は___シンジはそそくさと荷物をまとめてリュックを背負っていた。大学生が大学に通う姿とは思えない。その様子は、まるでこれから登山に臨む登山家のような格好をしている。



「会いにいくのさ。『怪物少年』に」



シンジは滅多に見せない、笑顔の混じった表情で『超常現象研究会』という名札が貼られた部屋から出ていった。





___________





同刻、警察庁本部。



「本事件の原因ですが、現状では自然災害だと認めることはできない状況です。どの計測器にも、近辺で災害が起こったことは何一つ観測されていないほか、自然災害だとするには不自然な点が散見されるところから、この他の線___人為的な災害として捜査を進める以外、原因究明に向けた進展はないといえます」

「計測器の故障や計測漏れなどは確認されないのか?」

「確認されません。業者の点検を行いましたが、平時と何ら変わらない状態だったそうです。この点検も既に4回行なっています」

「地質調査などはどうなっている?地盤沈下なども考えられるだろう」

「地質調査はまだ行えていませんが、もし地盤沈下であれば被害範囲はもっと広大になっているはずなのです。また、水道管などにも異常は確認されませんでした」

「となると、いよいよ本格的に自然現象ではなくなってしまうな……」

「これが人災だと?信じたくないな」

「このあたりに、暴力団などの反社会勢力の拠点があるという情報はあるか?」

「その線も調べてみましたが、確認されません」

「いや、いくら暴力団でもここまではできまい」

「もし加害者が明確に存在しているとするなら……その罪は重いな」

「犯人探しは本当に意味があるのか?例え犯人がいたとして、これほど大掛かりな事故を演出できるとするなら、それはもはや国家規模のテロリストだ」

「テロ、か。もしそうならこの国もいよいよ平和ではなくなるな」

「仮にテロだとして、大勢の人が集まっているわけでもない住宅街を対象にするとは考えづらくないでしょうか?」

「それもそうだな。全く、こんな難解な事件は初めてだよ……」


会議室には数多くの刑事が集まり、前日に起きた千葉県船橋市の爆発事故についての原因究明会議が行われている。しかし、あまりにも不可解極まる現状の数々が彼らを悩ませた。現代の発達したテクノロジーを駆使しても尚、全く予想のつかない事件。ここに集まる刑事のほとんどは、経験したことのない事態に頭を抱えていた。


「爆発事故、ね。現代日本でそんな事故が起きるような安全管理なんて考えづらいものね……」


この場には数少ない女性刑事、宮下守理みやしたまもりは参考資料に目を通しながら、この事件を「爆発事故」と名づけることに疑問を抱いていた。参考資料には数多くの証言が記述されているが、爆発事故にしては火災の発生分布が異様である。


「そうだな、自然でもなく、人為的なものでもないなら、それは……」


宮下の隣に座る若い男性刑事、明石正道あかしまさみちは、宮下の言葉に反応しながら言葉を紡いだ。



「それはきっと、人智の及ばない未知の”何か”だ」



明石はそう言うと、議論が進む会議に挙手をして意見を述べた。


「これまで話されたように、何らかの加害者がいての、故意の事件だとは考えづらいです。例えその加害者が理由なく人を傷つける快楽殺人犯のような存在であったとしても、どんな手法を用いてもこのような被害の形を実現するのは不可能です。また、トラブルによるミスの事故、という線もあり得ませんし、自然災害でないことは計測器が示してくれています」

「では、一体これの原因はなんだと言うんだね」

「不確かではありますが、関連する可能性のある情報があります。こちらをご覧ください」


そう言って、明石は会議室の前に映る画面に、とあるSNSの投稿を映した。

動画では、赤信号を渡る少年と、その少年に追突したトラック、そしてそのトラックを赤い光を発しながら受け止める少年の姿が克明に撮られていた。


「この動画は、一昨日SNSにアップロードされたものです。動画の中身は見てのとおり、、というものです」


会議室に集まる刑事のほとんどはキョトンとした様子である。なぜ、難解事件の捜査に、信憑性の薄いSNSの投稿が使われているのか。


「当初は多くの人が『よくできた加工』だと考えていたようです。実際、このような動画自体はCGなどを駆使すれば誰でも製作可能なものです」


現代では、巨大なビルが倒壊する様子すらCGの製作可能だ。どんな情報であっても偽造できる社会で、ただの動画は何ら信用に値する情報ではない。


「ですが、が何本もSNSにアップロードされたのです。しかも、アップロードした投稿者の間には明確な繋がりはありませんでした。これを機に、ネット上では『加工ではない、本物の映像なのではないか』という話が広がります」


刑事の一部が目の色を変え、明石の発表を聞いていた。


「他にも調べたところ、、大破したことも事実のようです。実際、このトラックを所有する会社は市警の取り調べを受けております。このことから、この動画はCGや加工されたものではなく、本物である可能性が高いのです」


明石の優れた能力とは、その卓越した情報収集能力である。少しでも関連する情報があれば必ず完璧に調べ上げ、情報の漏れの確認に余念なく当たる。そんな性格だからこそ、20代の若さでここまで取り立てられる刑事になれていた。


「そこで、このトラックを止めた少年。SNSでは『怪物少年』と呼ばれるこの少年についてですが、調べたところ、ネット掲示板にて彼の住所が公開されていました」

「住所を公開だと?全く、ネットの住民は余計なことばかりするな」

「それはそれで問題だな」

「ええ、問題です。ですが、注目すべきは彼の住所です。彼の住所は千葉県船橋市であり……」

「おい、まさか……」


難解な事件の数々を捌いてきたベテランの刑事たちも頭を悩ませる中、若き刑事たる明石の発表は、彼らに天啓めいた気づきを与えた。


「はい。彼の住所は、今回の爆発事故の被害範囲に含まれています。しかも、その住所は

「「「「!!!!」」」」

「……私のこの考えが、あまりにも突拍子もないものであることは自覚しております。しかし、私はこの二つの事象が、『怪物少年』と爆発事故が、関連する出来事に思えてなりません」


そう締め括ると、会議室全体が重苦しい雰囲気に包まれた。

ほとんどの刑事にとっては、未曾有の事故。ベテランの刑事にとっても、難解極まる事故である。そして明石は、その事故の原因がこうであると締め括ったのである。



この事件は、非科学的なが起こしたものなのだと。



やがて会議が終わり、次の行動に向けた行動指針が発表される。明石の発表はある程度の支持を得たが、いきなり信じるにはあまりにも急な発想であった。

しかし、確かな進展があった。引き続き地域の自然現象の解明や発生原因の捜査に多くのリソースを割きつつ、明石を含めた一部の刑事に通称『怪物少年』の捜索が命じられたのである。


「明石、お前の話を全部信じるには、まだちょっと頭が追いつかねぇな」

「……すみません」

「謝らなくていい。お前は優秀だ。刑事としてできることを全うしたには違いねぇさ」


明石にとっては何十個も先輩にあたるベテラン刑事、後藤が明石に助言を与えようとしていた。


「だがよ、もし仮にだ。この事件が例の『怪物少年』とやらが引き起こしたものであるとするなら___」

「…………」


後藤は尊敬に値する刑事だ。その確かな洞察力と、経験で磨かれた鋭い感性は、常に他の刑事たちを奮い立たせてくれた。

だが、後藤が紡いだ言葉は、明石を奮い立たせるものではなく___明石に、複雑な心境をもたらすこととなる。



「この『怪物少年』は、絶対に拘束しなきゃならんぞ。2度と同じことを、起こさせないようにな」


後藤の言葉を後に、明石は宮下と共に会議室を後にした。



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