第29話 謎の店員
ソラがトイレに立ち、ユキが一人になったのを見計らっていたかのように、またあの店員が現れた。
そして、ユキの側に寄ってきて、
「お客様、感染予防対策により、本日は午後八時で閉店させていただきます」
と、丁寧に言って、頭を下げた。
しかし、ユキはその時ちょっとゾクッとした。
店員の声は小さかったが、大げさに言えば
気がついたら自分たち以外に店内にお客は見当たらない。妙にだだっ広く感じられる店内に店員の声が響いて、小声だけにかえって不気味に感じられた。
ユキは、
「あ、すみません、友だち、今、トイレに行ってるんで」
と、言った。
店員は、
「はい」
と言ったが、今度はユキの側をまるでつきまとうようにして離れようとしなかった。
うわっ、今度は何だろう?
ユキは困った。どうしたものだろう。
そして、この店員は少し間を置いて、
「……ところで、お客様」
と、ユキに話しかけてきた。
今までで、こんなことは初めてだ。
今までこの店員はユキとソラが話しているところに、自分の発言を滑り込ませてきたようなものだったが、今は違う。
自分の方からユキに、ユキだけに積極的に話しかけてくる。
「はい?」
と、何ごとかと訝るユキ。
「本来、地球は私たちのものなんですよ」
と、その店員は口にした。
いきなり何を言い出すのか。
何、この人、いきなり。困ったな。相手にしない方がいいのかな?
ユキは返事に困ったが、小声でこれだけ言った。
「それって、どういうこと?」
すると、店員はすぐにまた小声で、
「私たちこそ本当の地球人ということ」
と、答えた。
「地球人って?」
いきなりこんな単語がこんな場面で出てくるなんて、ユキは想定していない。そんなことはおかまいなしで、
「私たちは今から二五万年前まで、あなたたち人類より以前から地球に住んでいたのよ。でも、二五万年前、この太陽系で起こった星間戦争により、火星から地球に侵略してきたホモ・サピエンスによって海中に追いやられてしまったの……ホモ・サピエンスは、今では自分たちが地球人だと思っているけれど、本当は異星人、侵略者なのよ」
やばい、とユキは思った。
この店員さん、ちょっと変な人かも。
まさか、本当のことではないよね。
「ふ、ふ、ふ……まさか、信じられないっていうふうな顔をしていますね」
店員は妙に甲高い声で笑うと、ユキの顔を眺めながら言った。
ユキは背筋がゾクッとした。
いかにも不気味な感じがしたからだ。
それでも何とか声を絞り出した。
「私たちが地球の侵略者ですって?」
「……」
店員は、今度は黙ってうなずいた。
その手の話は『モー』などを読んで多少は慣れているはずのユキでも、実際に面と向かっていきなりそう言われると、頭がクラクラしてきた。
「まさか、まさか……」
信じられない、と言おうとした前に、店員はたたみかけるように言う。
「本当のことです」
ユキはかろうじて、声を絞り出して尋ねた。
「あなたは地球の先住民なの?」
「……」
店員はまた黙ってうなずいた。
「私たち人類より先に未知の地球人がいたなんて……というか、私たちの祖先は侵略者? そんなバカな。信じられない」
店員に、いきなり思いがけないことを言われて、ユキの頭は混乱していた。
そこへトイレから戻ってきたソラが何もこのやりとりを知らずに声をかけた。おそらく、ユキと店員の間の妙な雰囲気は感じたのだろう。
「ユキちゃん、どうしたの?」
はっと我に返ったユキは、店員を指差しながら大声を上げた。
「ソラ君! あの店員さんが、あの店員さんが!」
とりあえず、そう言うのがやっとだった。
「店員さんがどうかしたの?」
と、ソラが
「自分たちは地球の先住民で、私たち人類は侵略者だって言うのよ!」
途端にソラの顔に緊張が走った。
ユキはソラのこんな顔を今まで見たことがなかった。
「ちぇっ、やっぱりそうか!」
ソラは素早くユキと店員との間に割って入り、店員と向き合った。
「ソラ君、何をする気?」
ユキの声を無視して、ソラは店員に対して言う。
「店員さん、あなたはデルモの地上工作員ですよね?」
デルモ? 何、それ?
ところがそこで、店員もユキが今まで彼女からは聞いたことの無いような大声を上げた。
「なんですって! どうしてそれを……そう言うあなたは?」
店員は一瞬、
「僕は……」
ソラはユキの方を見て一瞬ためらったようだったが、すぐに胸を張ってはっきりとした声でゆっくりと答えた。
「僕は、地球から三万五四〇〇光年離れた球状星団M九一、アミターゼ星系から派遣されている、地球監視員です」
一瞬、ユキはますます何のことだかわけがわからなくなった。
「ちょっと、ソラ君、何わけのわからないこと言ってんのよ!」
わけがわかるはずがない。自分のクラスメイトが、実は地球人ではない、異星人だと名乗っているのだから。
「ユキちゃん、悪いけど、ちょっと黙ってて」
ソラは右腕をユキの前へ突き出して、今にも店員につかみかからんとするユキを押しとどめる姿勢をとった。
店員はすぐに驚愕の表情を消し、つとめて冷静さを保とうとするかのように言った。
「アミターゼ星の地球監視員!……それは
そして、ユキの方を指差して軽蔑するような
「あなたたちから見れば、こんな下等で野蛮な生物に化けるなんて、プライドが傷つきませんでした?」
いきなり店員から、「下等で野蛮」などと言われたユキは、ソラの後ろから、
「下等で野蛮って、何よっ!」
と言い返す。
すると、七号はますますユキを蔑むような目で見て、
「まあ、その歯をむき出して怒った顔。まるで、ゴリラかチンパンジーみたい」
「キ~ッ!」
その言葉を聞いたユキは頭に血が上る。まるで本物のゴリラかチンパンジーのようだ。
「ユキちゃん、相手の挑発に乗っちゃだめだよ」
ソラはユキを右手で制して冷静に言った。
「言いたいことはそれだけかい? 今はこうして、地球人の姿を借りているけれど、なかなか快適だよ……工作員七号、君たちが監視委員会に無許可で地上に出るなんて、これは明らかに停戦協定違反だ」
しかし、七号は悪びれずにユキを指差して言った。
「何を言うかと思えば……停戦協定に違反してるのは、はっきり言って、この人たちの方ですよ」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ」
ソラは言い返すが、七号も負けじと喋る。
「本当の馬鹿はどちらでしょうか? いいですか、過去に両者間で結ばれた停戦協定では、この太陽系第三惑星の地上はホモ・サピエンスのもの、海中はデルモのものと定められました……ところが、最近のホモ・サピエンスは何をやってるの? 私たちの大切な海をゴミや放射能で好き放題汚染し、とうとう新型兵器の実験まで……南鳥島近海には、私たちの、私の故郷である海底都市があるのよ。もう我慢の限界よ!」
ユキには工作員七号と名乗る店員の喋る言葉の内容も、その時には理解できなかった。
「も~っ、何言ってるの? ホント、意味わかんない!」
そんなユキに、ソラは静かに諭すように言った。
「ユキちゃん……僕の生まれ故郷M九一星団では、地球人のことを『デルモ』って呼んでいるんだ。それはどういう意味だかわかる? もともと地球に住んでいたのは、この人たち、デルモっていう種族なんだよ」
そう言うと、ソラは火星と地球の歴史を語り始めた。
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