第46話

 将成が病院から外出許可をもらったのだと、佐央里さんから聞いた。

 大丈夫なのかと内心不安になるが、本人はけろっとしていた。まるで病気が嘘みたいだと思わされるくらいに、将成は元気だった。


 例の外出日になる。

 将成は何故か僕たちの通う大学に来ていた。将成はどこか落ち着いていて、リラックスした様子で構内を散策していた。

 付き添いとして健さんが来ており、現在は佐央里さんと談笑しながら構内の散歩道を進んでいる。

 僕は健さんの横を歩いていた。彼女たちの会話は聞こえなかった。

「本当に、健さんが許可を出したんですか?」

「ああ。出したよ」

 半ば信じられなかった。将成のことを誰よりも心配しているはずの健さんが、許可を出すことが信じられなかった。もちろん佐央里さんも同じことを言っていたらしい。余命いくばくもないひとを外に出すだなんて、と。

 僕もそう思ったけれど、それだけが『治療』ではないのだろう。

 病は気から。

 健さんが言いたいことはきっと、なのだと思った。


「なあ、この大学広過ぎねぇ?」

「なに弱気になってんのぉ。まだまだ序の口よ」

「ええ~?」

 将成が笑っている。そんな彼の様子を見て僕は少しだけ安心した。内容こそ聞こえはしなかったけれど、やはり旧知の仲で戦友の佐央里さんには何でも話せるのだろう。その特権が、今の僕にはないことを実感して少しだけ佐央里さんに嫉妬した。

「……将成、時間だ」

 不意に隣から声が掛かる。健さんが将成に注意したのだ。将成は「はい」と素直に健さんの言葉に従った。

「じゃあ、俺はそろそろ病院に戻るよ。午前中だけなんだ、外出許可が下りてるのは」

「そうだと思った」

「いい気分転換になった。海音も、悪かったな付き合ってもらって」

「いや……僕は何も……」

 本当に何も、僕はしていない。ただ君の後ろを……楽しそうにしている君を見ていることしかできなかったから。僕は申し訳なくなってしまい、視線を逸らしてしまった。この間の話なんて、聞ける雰囲気じゃなかった。

「じゃあ――」

 将成が帰ろうと、僕たちの方へ足を伸ばした、その時だった。


「――っ、ゔっ……!」


 将成が――発作を起こしたのだ。

 周りにいた大学生たちは「きゃー」と騒ぐばかりだった。

 佐央里さんが、目の前で倒れた将成の介抱を始めている。健さんは救急車を呼んでいた。僕は、立ち尽くすばかりで、何もできなかった。

「将成……っ」

「将成ぃ、どこが痛い? 胸?」

 と変な呼吸をしながら胸を抑える将成が、佐央里さんに支えられながら彼女の質問に答えようとしていた。救急車に連絡を終えた健さんが戻ってきて、将成の支える役を彼女から変わる。佐央里さんは現場に慣れていて、将成の脈を計り始めた。

「げほっ、ごほ……。ごめ、兄ちゃ……」

「謝るな、喋るな、大丈夫だ。もうすぐ救急車が来る。それまで踏ん張れ」

 将成は気を張っているのも限界らしく、ぐったりと健さんの腕を借りながら体の力を抜いている。恐らくそれが彼にとって一番楽な姿勢なのだろう。


「あ、あの! 救急車が来ました!」


 学生のひとりが教えてくれた。

「ありがとうございます、こっちです!」

 救急隊員が担架を持ってこちらにやってくる。これでひと安心だ。

「付き添いには俺が行く。佐央里と奥村くんは……」

「私はあとで行くわ。奥村クンはどうする?」

「僕は……」

 救急車に運ばれていく将成を見守る。


 僕は……答えを出すことができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る