第46・5話

(またここか)


 まず思い浮かんだ言葉は、そんな言葉だった。


 久し振りの外出許可をもらった将成が行きたかった場所は、海音たちが通う大学であった。

 佐央里と話し、帰ろうとした矢先に胸が痛み、そして気が付けばいつもの病室だった。


 大学に行ったことと胸の痛み、これが将成が憶えていることの全てだった。


「将成……? 大丈夫か?」

「……兄、ちゃん……?」

「うん。良かった。大丈夫そうだな」

 健が優しく将成の頭を撫でながら微笑んだ。酸素マスクが邪魔だったが、これを外してしまうと息がしにくいということを将成は長年の経験上理解していた。体をもぞりと動かすと胸が少しだけ痛んだ。

 これこそが生きているという証。痛みを感じ、温かさを感じること。これが、『生』なのだと、将成はぼんやりとした意識の中感じていた。

 健の医療用携帯が鳴る。「少し外す。あとでまた来るから」と言い残して健は仕事へと戻った。病室にひとり寝る将成。この時、将成は察していた。


 ――思っていたよりもが来ていると。


 余命宣告を受けてからすでに三ヵ月が経過していた。予定では残り三ヵ月あるとはいえそれどころではないのかもしれないと体が告げていた。早くて明日、明後日に死ぬ可能性だってあるのだ。そう思った時、将成の心には不思議と恐怖はなかった。


(……俺は、大丈夫だ。……怖くない。死んでも、心残りは……)


 ふと何かを思い出した将成は、ゆっくりと酸素マスクを取り外し上体を起こしてこの間まで書き進めていた便箋を取り出す。

 続きを書くためであった。


 そう、これが今の彼が家族や海音に唯一残せるもの。

 それは、今までの気持ちを綴った『手紙』だった。

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