第35話

 結局のところ、第一稿はすぐに内容を変更された。

 何故かは分からないけれど、演劇部のひとりがこの内容ではいけないと発言したらしい。僕には演劇部の友達なんていないけれど、きっと天川くんのことを知る数少ない友達が止めてくれたのだろう。よかった。例え本人が気付いていなかったとしても、以前の内容は彼のプライバシーに関わると思っていたから。


 それからというもの、僕たちは授業が終わるとふたりで演劇の練習に励んだ。

 時には誰もいなくなった教室で。

 時には天川くんの家で。

 そんなことの繰り返しだ。

 天川くんは僕の演技を見ては「上手にできてるよ」「自信もって」と褒めてくれる。純粋に、嫌味などなく、褒めてくれる。

 僕にとってそれは、とても恥ずかしいものであり、でもとても嬉しいものでもあった。彼が言うとその気になってしまう。そうさせるのが目的かもしれないけれど、それでもその効果は得られていると思った。


 ある日のこと。天川くんは定期健診のため、早めに学校を去ってしまった。相手がいないので、今日は家でシンデレラの感情について考えてみよう。そう思いながら教室を出ると佐央里さんが目の前を通って行った。

 僕に気づいていないのだろうか?

 彼女の行く先が気になり、僕は彼女を追った。


 佐央里さんが向かった先は演劇部の部室だった。なんの躊躇もなく彼女は部室のドアを開け中へと消えてしまった。

(え? 佐央里さんって、演劇部……だったの?)

 僕は少しだけ意外だと思った。

 彼女は僕の中で演劇というよりも茶道部や書道部といった、伝統文化を重んじた部活をしているイメージだった。演劇もそういった文化に触れることがあるのかもしれないが、それでも意外だった。

 ここからどうしたらいいのか。佐央里さんに付いて行ったとはいえ、その後のことを考えていなかった。部室前にずっといるのも可笑しいだろうし。悶々としていると不意に「ガラッ」とドアが開いた。


「…………何か用かしら、奥村クン?」


 出てきたのは、佐央里さんだった。

 僕はどうすればいいのか分からなくて、とりあえず「やぁ」と返事をした。佐央里さんは呆れた顔で僕を見ていた。当たり前だった。


 佐央里さんに連れられて(なかば強制的に)、僕たちは中庭にある休憩スペースに着く。ふたりでそのスペースにあったベンチに座るが、何を話せばいいのか分からず、ただただ時間だけが過ぎていく。無駄以外のなにものでもないけれど、今の僕には彼女と会話するだけの度胸がなかった。

 少しして、佐央里さんが口を開く。

「……私に何か用があったんじゃないのぉ?」

「え、あ、いや」

「じゃあなんで付いてきたのよ。ストーカーじゃない」

「ちがっ! え、えと……。あっ! 佐央里さんって演劇部だったんだね」

「……もう辞めたけどね」

「やめた……」

 演劇部であることは合っていたけれど、すでに辞めていたのか。

 もうすぐ最後の文化祭で発表会があったはずなのに。その前に辞めてしまったのには何か深い理由があるのかもしれない。僕はとんでもないことを聞いてしまったのではないかと反省した。

「別に、奥村クンが肩を落とすことじゃないでしょぉ? 理由は特にないし。奥村クンが気にすることじゃないしぃ」

 佐央里さんが持っていたペットボトルの中身をひと口飲む。

「……君のクラス、演劇やるんだってね」

「あ……うん。シンデレラ、なんだけど」


「知ってる。だってあれ、私が内容考えたんだもの」


「……え?」

 僕は耳を疑った。彼女が考えた内容だったのか。少しだけ腑に落ちる。

「佐央里さんが考えたんだ、あの台本」

「そう。……と言っても、第一稿は私じゃないわよ。あれを読んで一瞬で将成のことを馬鹿にしていると思ったもの。だから書き直してやったわ」

「……!」

 そうか。だから次にもらった台本には『呪い』の設定が消えていたのか。

 一番彼のことを理解している彼女が書き直してくれたのだと知って、僕は安堵した。同時に、とても嬉しくなった。

「ありがとう、佐央里さん」

「な、何がよぅ。別に、君のために書き直したわけじゃないしっ。将成のことを侮辱しているような気がしたから! そうよ、そういうことだから!」

 なんだかんだ言って、佐央里さんは天川くんのことを心配してくれているのだと知って、僕の心は温かくなった。

 同時に、よりこの『シンデレラ』を丁寧に演じようと思えた。


 彼女の想いと、彼に対する想いを無下むげにしないためにも今以上に気持ちを込めて頑張らなければ。

 僕は『シンデレラ』となり、彼を支えたいんだ。

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