第34話

 放課後、ホームルームも無事に終わり、天川くんから一緒に帰ろうと誘いを受けた。今日は何も用事が入っていないので僕は「いいよ」と承諾した。天川くんは「やった。じゃあ、また後でな」と言って、さっさとどこかへと行ってしまった。


 ……「後でな」……とは?


 一緒に帰るのではなかったのか? 

 僕はただ天川くんの走る背中を見るしかできなかった。

 さて、どこで待っていようか。と思っていた時、メッセージが携帯に届いた。差出人は、天川くんだった。


〈図書室で、待っていてくれ〉


 図書室? 僕から天川くんにそう言うならともかく、彼から僕にそう言うのは珍しいなと思った。

 考えたって分からないことは分からない。僕はとりあえず彼の指示に従って、図書室へと向かった。そこで天川くんを、待つことにした。


 30分もしないで天川くんが図書室に来た。

「あ、天川く、」と僕は言いかけた。途中で言葉を止めたのは、彼の持っていた資料に目が行ってしまったからである。

「……それは、何?」

「ん? ああ、これか? これはだ!」

「だいほん……」

 台本だって? 僕は耳を疑った。

「そうそう。インスピレーションが働きまくって、とりあえず第一稿が完成したからくれたんだよ。プロット? 仮原稿? らしい」

「……はあ……」

 僕は天川くんから渡された仮台本を受け取る。

 タイトルは『シンデレラって言ってるけど実際の公式ヒロインは王子様なんじゃね?・第一稿』。なんだこのラノベ的タイトルは。さらりと内容に目を通す。タイトル通り、天川くんが贔屓ひいきされまくった内容だった。


 ――あるところにシンデレラという貧乏な少女がいました。その少女に一目惚れをした国の王子が誕生日に彼女へと招待状を送ります。シンデレラは困難に巻き込まれつつも王子に会いに行きます。――


 ここまでは、まあ、なんとなく本家と同じ内容か。少し違うような気がするが、本筋は通っていると思った。


 ――王子にはある秘密がありました。その秘密とは、彼はある呪いに掛けられているというものでした。呪いが進行すれば彼は死んでしまいます。呪いを解くには、十八歳の誕生日の日、未来のお嫁さんとなる女性とのキスが必要でした。――


「………………キス……」


 王子様にキスするのは王道として、既視感のようなものが僕の脳裏に次々と湧いてくる。

 王子様の呪いは天川くんの病気のように思えて。

 彼とのキスは、まるで今の僕たちのことを知っているような内容だった。

 実際にはしないとしても、あまり気分のいい内容ではなかった。

「……? 奥村?」

 表情に影を落とした僕に、天川くんが声を掛ける。僕はすぐに笑顔を作る。彼に心配を掛けたくない。きっとこの内容に疑問を持っているのは僕だけかもしれない。気付いていないのなら、気付かなくてもいい。

「ううん、なんでもない」

「そか。あ、それでさ。話があるんだけど」

 天川くんが改まる。僕も同じように改まった。

「今日から次の台本が出来るまでは、この台本で練習するしかないだろ? もしかしたらこの台本の内容が大幅に変わってしまうかもしれないけど、練習しないよりかはした方がいいと思うんだ。それに、俺が王子様で奥村がシンデレラだろ? ふたりの掛け合いって結構あるからさ」

「……でも大丈夫かな。僕、こういうの苦手なんだ」

「苦手?」

「うん。大根役者っていうの、かな。セリフを覚えるのは得意なんだけど、感情を出すのが苦手だから、どう表現すればいいのか分からないんだ……」

 いつもそうだった。お遊戯会も、クラス発表も、演技を披露する場面で僕はいつも失敗する。ただただ自信が無いのだ。普段の感情もあまり起伏がないから。ちゃんとそう見えているのか不安になって、委縮してしまう。

 不安げにしていると、天川くんが僕の頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「大丈夫だよ。表現なんて、そんなの嘘なんだから。焦らずにゆっくりやっていこう? 逆に俺は演技得意だから、補い合おうぜ」

 な、と満面の笑みで天川くんは僕に微笑んだ。

 それだけでも僕の不安は少し解消された。

 そうだ。焦る必要はないのだ。本番まで残りの日数、とにかく覚えて彼と練習を重ねればいい。そこに演技の上手い下手はない。


 ただ僕は『シンデレラ』として、天川くんの『王子様』のを解いてあげたい。


 その気持ちさえあれば、きっとこの演劇は成功する。

 この時は、本気でそう思っていた。

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