第28・5話
海音との誕生日会に行くと健に伝えた時、健はこのケーキを持っていけと(半ば無理矢理)、将成に可愛らしい小箱を押しつけた。
部屋を出ると外は曇天であった。
以前の反省を踏まえ、将成は折りたたみ傘を持って出た。
海音の家に着きインターフォンを鳴らす。少しして海音が出てきた。
彼の目の下には、はっきりと濃く隈が出ていた。顔も、なんだか疲れていた。
プレゼントをもらった。とても温かさに満ちた、便箋のセットだった。
将成はとても嬉しく思ったが、先ほど見た海音の表情が気になってしまった。
やることもなくなってしまい、ケーキと一緒に健に借りたDVDを観賞しようと将成は海音に提案する。ホラー映画だと健には聞いていた。とてもB級色の強いパッケージだが、果たして本当に面白いのだろうか? 将成は不安になっていた。
結論から言おう。面白くはなかった。
なんならつまらなさすぎて泣けてきた。
(……覚えてろよ兄ちゃん……!)
将成の中で、何かが沸々と湧き上がってくる感覚があったが、せっかくの楽しい一日が消えてしまうと思うと残念なので、将成は気持ちを押し殺した。
ふと「サアァ……」という音が聞こえてきた。窓の外を見ると雨が降っていた。映画に集中していたあまり、雨が降ってきていたことに気が付かなかった。
ソファの隣に座る海音が動いた気がした。
将成が目を向けると、海音の頬にひと筋の涙が流れた。
この時、将成の中で何かが動いた。彼の目の下の隈を見て、彼を眠らせてやりたいと思った。けれど、疲れた? しんどい? と聞いても、海音は首を横に振るばかりであった。それは、分かっていたことだった。
だから彼が絶対に逃げられないことをして強制的に眠らせようとした。
それが、あの行為であった。
体力を極限まで消耗し、海音は意識を手放した。その体は少し熱を帯びていた。
彼の下腹部を綺麗にして、そのままソファに横たわらせる。
意識を失う前に何かを呟いていたが、それは聞き取ることが出来なかった。
将成は手を洗いに台所を借りた。シンクで手を洗いハンカチで水気を取っていると、ふと背後にあったカレンダーに目が行く。そのカレンダーの今日の日付欄に、何やらメモ書きが書いてあった。今日、彼の親子がいない理由でも書いてあるのだろう。読んではいけないかもしれないと分かっていても、つい自然とその字を読んでしまう。
【8月16日・美里さん命日、お墓参り】
将成の目が大きく見開かれる。
これで、海音の不調の理由が分かった。
「…………そ、か。今日、だったっけ……美里先生の、命日」
海音の実母である美里は、将成の恩師であった。
彼女の死の一端は、将成の責任でもあった。
海音は
彼を苦しめているのは自分だと思い知らされる。
「……ごめんな、奥村」
将成は海音の側に寄り、魘されて汗ばんだ額を優しく撫でる。
少しだけ、彼の表情が安らいだ、気がした。
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