第28話(描写注意)

 ――ん、ぅ、はぁ……。


 僕の吐息が、暗くなったリビングに木霊する。

 くちゅり、という淫らな水音が耳に届く。

 その音を発しているのは僕自身だ。

 目を塞がれ、すべもなく、僕はただ、天川くんのそれを受け入れるしかなかった。


「――んぁっ!」


 ぐっ、と急に力を入れられる。

 ピリリとした電流のようなものが一瞬で下腹部から脳へと走った。ショートしそうな思考を何とか保つことに成功するも、僕の頭の中はすでにけていた。

「ん、イきそう?」

「ぁっ、ふ、……んっ」

 気持ちよくて分からない。

 気持ちよすぎて怖い。

 今僕はとてつもなく恥ずかしい格好をしてしまってる気がする。けれど、天川くんにもうやめてほしいと懇願できず、僕にはを止める余裕がなかった。

「ん、へ、変だ、天川くん……。おかしく、っ、なる……!」

 息が上がって、目の前がぼやけてくる。酸欠だった。

「おかしくないよ。イきそうならイっていいからな」

「んく、……ぁ、う」

 視界を奪われた僕の体の感覚は、敏感になりすぎていた。

 雨の音も、喘ぐ声も、何もかも。

 この空間には、全てが混ざり合ってしまっている。


「イっていいよ――


 その瞬間、僕の脳に電流が走り、脳がショートした。

 と心臓が鳴る。

 同時に、からもどくどくと心臓と同じように波を打って液が零れていた。


 満たされた幸福感に、深呼吸をする。

 足りなかった酸素が徐々に肺に満たされていくのが分かった。

 ゆっくりと、目を覆っていた手が離れていく。天川くんを見ると、その顔はいつもの天川くんのものだった。良かった、そう思った。


『偽善者』


 窓の外に、が立っていた。

 中学生の格好をした少年だった。

 少年は雨に濡れながら、ただ、じっ、とこちらを見ていた。


『お前が殺したんだ』


 少年は、そう言った。

 瞬間、僕は「そうだった」と少年を見た。


 少年は過去の僕であり、

 少年は僕を写す鏡であり、

 少年は、僕を咎める、自分の心だった。


 気づいた瞬間、気道が塞がれていく感覚に陥った。

 天川くんにはまだ、が冷めない呼吸ように聞こえているだろうか。

 それなら、いい。

 これ以上彼に心配を掛けたくない。


 ――ごめんなさい。

 幸せになってはいけない。

 ――ごめんなさい。

 許されない。

 ――ごめんなさい。

 ――ごめんなさい。

 ――ごめんなさい。


 荒くなる呼吸をどうにか抑えようと必死だった。

 けれど思考ばかりが冷静になっていくのに対して、体は酸素を受け入れない。

 酸欠気味の僕の体は痺れており、目の前はホワイトアウト寸前まで来ていた。


「奥村?」

「……、ごめん、なさ……、かあさん……」


 天川くんの顔が見えなくなった。

 意識を手放した瞬間、僕の体がソファから前に倒れた。床に落ちることはなく、ソファから落ちる寸前で天川くんに支えられたのだと感じた。

 果てる前、僕は少年の言葉を頭の中で反芻はんすうした。


『偽善者』


 その言葉が、僕を暗闇の底へといざなっていく。

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