第27話

 ホラー映画と聞いていて、少しだけ身構えていた。

 普段の僕なら大丈夫だと思う。

 けれど、今のメンタルでホラーを見たら、果たして僕のメンタルは耐えられるのだろうか? それだけが不安だった。


 映画が始まる。内容としてはB級のゾンビ映画だった。

 ラブロマンスがあり。バイオレンスがあり。何故か謎解きがあり。

 本当に、B級映画だった。


(つまらない……の、か?)


 起承転結の『転』がいつまで経っても来ないまま、そのホラー映画は終わりを迎えた。

 何故健さんはこんな映画を僕たちにすすめたのか。全くって、感覚が分からなかった。

「……兄ちゃん、絶対許さねえ……」

 天川くんが何やら不穏なことを言い出した。

 気づけば外が暗くなっていた。囁き声のような、雨音が聞こえてきた。窓は雨によって濡れ始めていた。流れるように雨が窓を伝っていく。

 その光景を見て、僕は何故だか物凄く、気分が落ちてしまった。


 今まで楽しかったのに。

 今まで楽しめていたのに。

 

 彼が来る前の、あの気怠さが僕の体に圧し掛かった。


 つぅ……。

 何かが僕の頬を伝った。涙が、ひと筋、流れた。


「奥村? どうした?」


 天川くんが僕を見る。

 今の僕は心の中が空っぽで、何も考えられない。だから、彼が何を言っているのか上手く聞き取れなかった。

「……奥村、大丈夫か?」

「…………あまかわ、くん……」

 呂律が回っていない。それだけは理解できた。

「……大丈夫そうじゃないな。今日、体調悪かった?」

 僕はなんとか首を横に振る。

 体調が悪かったのではない、そんな気がしただけなのだ。

「そっか。疲れたな。ちょっと休むか」

 僕は首を、横に振った。

 疲れたわけじゃない。

 ただ、心の余裕がない。情緒が不安定になってしまっていた。

 心の中で、ごめん、と何度も呟く。彼に伝わっているかは分からないけれど、僕はとにかく大丈夫ということを、天川くんに伝えたかった。


 雨音と共に、が聞こえ始めた。

 この時期はいつもそうだ。

 耳鳴りが聞こえ始めると、情緒が不安定になる。


 天川くんは、耳鳴りに悩まされ無意識に浅く息をする僕を見て、何かを考えていた。

 そして何を思ったのか、僕の背中に手を回し、僕の両目を、左てのひらで隠した。

 彼の掌の温もりに、浅くなった息も徐々に落ち着いていく。

 完全に、彼の温かさに安心しきっていた。


 それが、いけなかったのか?


「――……奥村、ちょっとだけ、眠ろうか」


(――え……ッ?)


 落ち着いてきた呼吸が、逆に早まっていく。


 僕は、天川くんのしていることがなんなのか、一瞬理解ができなかった。


 天川くんは僕のズボンの中に手を入れ、そしてを扱い始めた。

 変な感覚に、僕は思わず吐息を漏らした。


 何をされているのか理解した瞬間、僕は彼に初めてした。



 今の彼の『大丈夫』は、魔法ではなく。


 今はただの――呪いでしかなかった。

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