第22話
冗談よしてよ。
この時の僕は、きっと顔が引きつっていただろう。
でも決まったことだ、しょうがない。
なんて。
そう割り切るには、脳内処理が追い付かないままだった。
僕のペアの相手がさおりさんだと天川くんも気付いた。
「奥村、――えっ?」
僕のことを一瞬呼んだような気がしたが、それは他のクラスメイトによって遮られてしまう。きっと天川くんのペアだろう。あ。ユリさんだった。
「天川くん!」
「将成!」
僕とさおりさんは揃って彼の名前を叫んだが、ユリさんは「さ、王子、行きましょう!」と言って颯爽とその場をあとにした。
あの時の天川くんの表情は忘れもしない。
それくらい、とても困った顔をしていた。
「ではルールを説明します。」
場所は墓地が側にある広い公園だった。散歩コースというものがあるから、そこを一周してきたらOKだという。
正直、幽霊なんてものに恐怖は感じないし、暗い墓地というのもどうでもいい。
ただ今は、隣で物凄く不機嫌にしている彼女をどうすればいいのかだけを教えてほしかった。
悶々としている間に、ついに僕たちの番になり、スタートを切った。
「……散歩コース、意外と長いんだね。全周約2kmだって」
「……ふーん」
さっきから、この返しばかり。
きっと天川くんを自分ではない他の女子(しかも友達のユリさん)に取られたばかりでなく、ペアの相手が僕だから不機嫌なのだろう。
ああ、今すぐにこの場から逃げ出したい。助けて天川くん。そう叫びたくなったが、それをしてしまっては近所迷惑になってしまうと思い止まる。
「……はあ…………」
思わず口から溜め息が出てしまう。どうしてこんなことになったんだっけ。
(もとはと言えば、天川くんが悪い……のか?)
いや、彼の所為にするのは少し違う気がする。
彼の誘いに乗った、僕が悪いのだ。
(……彼女がいるだなんて、聞いてなかった)
さおりさんは、すたすたと迷いなく暗い道を進んでいく。いくら懐中電灯を支給されたとはいえ夜の公園は暗い。女子ってこういう場所は苦手じゃないのか?
きっと、美魚なら怖がるだろうな。その場面を想像したら笑えてしまった。
「……なに笑ってるの、気持ち悪い」
怒られてしまった。
「ごめん……。あ」
そういえば、彼女は天川くんと昔からの知り合いだったっけ。それにあの日の音楽室で『美里先生』がどうのとも言っていたような気がする。美里、という名前を知っているということは、さおりさんは母さんの生徒だったのかもしれない。
「……さおり、さん。聞いてもいいかな……?」
「…………なに」
「さおりさんも、小さい頃から病院に?」
「……は?」
「あ、えと、天川くんと幼馴染……? なんだよね? だから、その、君も何か病気だったのかなって……思って……」
「ああ。そんなこと」
さおりさんは何も気にしていないような素振りをして、持っていたショルダーバッグの中から棒状のキャンディーを取り出し、それを舐め始めた。
「……そうよぉ。私、将成と同じなの。同じ痛みを共有している、つまり同士よ。あなたが入ってこれる場所なんてないの。分かる?」
「う、うん……」
強い口調に思わず
「……将成が苦しんでいると必ず健くんが……はあ、健くん、どうして私のこと見てくれないんだろう」
「……ん……?」
ふと、今の会話に何か可笑しい文があったような気がして、僕は思わずその場に立ち止まってしまった。数秒して、その可笑しさに気が付いたのかさおりさんも「しまった」という顔をした。
「い、今のは、嘘! 嘘よ! 私はあくまで将成が好きなの! 誰が健くんなんか……‼」
ああ、あの話って本当だったんだ。僕は内心、安堵した。
……いや、安堵というのも少し表現が可笑しいような気がするが……?
「そうなんだ」
多分、彼女は健さんの気を引きたくて仕方がないんだ。目の前にいる彼女は、ただの恋をする少女だ。
見方を変えればこんなにも彼女は魅力的に見えるのだから、先入観とは末恐ろしいなと思った。
「……なんで急にそんなこと、聞くのよぉ。私、あなたのこと嫌いなのよ?」
「えぇ?」
そこまではっきり断言されると、逆に清々しい。隠されるよりはマシだけれど。
「なんで……? 多分、仲良くなりたいんだと、思う」
「――はぁ?」
「僕の知らない天川くんのことが聞けるの、楽しいし。君のことも、知らないまま嫌われるよりは、知って嫌われた方がなんか……すっきりするというか……?」
自分でも何を言っているのかよくわからなかったけれど、これは本心だと思う。さおりさんは
そういった意味では、この肝試しも、案外悪くないと思った。
特に何もなく、周り終わったところで「奥村! 佐央里!」と天川くんがこちらに向かって走って来た。
「奥村? 大丈夫か? 佐央里に何もされてないか?」
「ちょっと将成ぃ? 私が彼に何かされたかは聞かないのぉ?」
「お前はされるよりする側だろうが」
「天川くん、僕は大丈夫だよ」
「そっか。それはよかった……」
天川くんは本気で心配してくれていたらしい。逆に申し訳ない。
携帯で時間を確認すると、そろそろ門限の時間に差し迫っていた。
「……あ、ごめん。僕もう帰らないと」
僕は天川くんたちにひとこと謝って、公園を出た。
最初は行く気などなかったけれど、いざ行ってみれば沢山新しいものが見えて楽しかった。
これもすべて、天川くんが僕の世界を広げてくれたお陰だ。
「……あ、母さんのこと聞くの忘れたな」
今度学校で会った時にでも聞いてみよう。
さおりさんが嫌な顔をしなければいいけれど。
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