第18話

 名前を呼ぶと、既視感の正体であるは「ぎょっ」とした目をして僕を見た。

 何故あからさまに驚いた素振りをしたのか、よくは分からなかったけれど、少なくとも驚いたのなら彼は間違いなく天川くんだ。今ならそう断言できる。


「どうしてこんなところに」

「お、奥村……」

 天川くんに近付くと、彼は少し困ったような顔をした。

「連絡も、夏休みに入ってからぱったりなかったから、また体調でも崩してたのかと思ってた」

 これは本音。

 あの現場を見たのは僕だけで、僕だけが天川くんたちのことを把握していた。

 天川くんは多分、あの時、僕があの現場にいたことは知らないはず。だから、妙にその困った顔が僕の心をざわつかせた。

「いや……。体調は、うん、別に普通。心配、してくれてたんだな。ありがとう、奥村」

「あ、いや……。うん」

 少しだけ気まずい空気が僕たちの周りに立ち込める。僕はその空気に耐えかねて天川くんに「ちょっと、話そうよ」と先ほどまで居座っていた公園のベンチに促した。


「……奥村、あのさ」

 最初に口を開いたのは天川くんだった。

 天川くんの表情は至って真剣そのもので、僕は少しだけドキッとした。

 内容は何であれ、僕は天川くんの話を聞いてあげることにした。

「うん」

「あの、うーん、なんていえばいいか……。えと」

「うん」

「…………ええい、ままよ! 奥村!」

「うんっ?」

 ええい、ままよって何?

 と聞きたかったけれど、名前を強めに呼ばれたことでそれは遮られてしまった。


「月曜日、音楽室の前に、いたりした……?」


 僕は、天川くんの言葉に、絶句した。

 どう言い返せば正解なんだ。どう言えば、彼を傷付けずに済むんだ。

 冴えない頭をフル回転させて導き出した答えは――

「――いたよ」

 と、案外素直なものだった。

 下手に嘘をいてしまえば、深く掘られたときに言い返せないと思ったから。素直に、そうだ、と言えば、例え彼を傷付けてしまってもダメージは少ないと思った。だから、僕は素直にそう言った。

「……やっぱりか」と天川くんが言う。きっと、そうなのではないかと半信半疑だったのだろう。それが確信となったことで、彼の目はうれいを帯びた。

の言った通りだった……」

「また、……」

「ん?」

 しまった。失言だった。僕はすぐに「何でもない」と訂正をする。こんなの、嫉妬以外の何物でもないじゃないか。それを自覚すると死ぬほど恥ずかしくなった。

「勘違い、しないでほしいんだけど、さ。俺は佐央里のこと、好きじゃないから」

「……え?」

「むしろ佐央里のことは嫌いだから。だから、それだけは、言いたくて」

「……ほんと、うに?」

 うん、と天川くんが力強く頷いた。

 僕は今凄く、気の抜けた顔をしていることだろう。

 まさか、そんなにはっきりと彼が彼女のことを言い切るとは思わなかった。キスをしているくらいだし、彼女があんなにも嬉しそうにしていたから、少しはその気持ちがあっても可笑しくないと思っていた。

 だけど、天川くんの答えは凄くはっきりしていて、その言葉が僕の心にすっと入り込んだ。

 嬉しかった。

 チャンスがあると、錯覚してしまうくらいには、僕の心は舞い上がっていた。


「――ていうか、あいつのキスは俺へのただの嫌がらせだよ。あいつは俺じゃなくて、俺にちょっかいを掛けて、俺が無理やりしたって、自分が被害者なんだって兄ちゃんに思わせるための行動だから。全部」

「……どういうこと?」

佐央里あいつは、兄ちゃんが好きなの。俺はただ使われてるだけだよ」


 長い長い夏休み。

 まだ、始まったばかりの僕の恋。

 好きな人から聞いた話は、僕が言葉を失うくらいには、衝撃が強かった。

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