第17話

 そうして、悪夢が去る――ことなどなく、各々の夏休みが始まった。


 朝起きて、布団の中で携帯を確認しメッセージを開く。

 夏休み前は毎日のようにし合っていた連絡も、今は途絶えている。

(どうしたんだろう……)

 僕は冴えない頭を横に振る。

 天川くん、また入院してるのかな。だとしたら連絡が出来なくても仕方がないのかもしれない。そう頭では考えてはみても、先日の一件が邪魔をする。

(あのあと、どうなったんだろう)

 天川くんがさんにキスをしていた。それは紛れもない事実。思い出すだけでも胸がきゅぅ、と締め付けられるようで痛い。起き上がるのも面倒だと思うくらい、あのキスシーンは僕にとってショックだったのだ。

「……はあ……」

 けれど、彼女がそう望んだから天川くんはそれに応えただけで、天川くんが本当に彼女を好きかどうかは分からない。そもそも、天川くんの反応からして好きかもしれないという考えは捨ててもいいかもしれないが、それでも。

「もし好きだったら……」

 ――嫌だなあ。溜息が止まらない。これが恋だと自覚して、僕の頭は可笑しくなったのかもしれない。

 リビングからお母さんが僕の名前を呼ぶ。僕は軽く返事をして、ぬくい布団の中から抜け出した。


 僕の夏休みは課題に費やすに限る。課題をやっている時間だけは何も考えなくて済むから。僕は朝ご飯を食べ終えて、図書館へ行く支度をした。

 図書館に行くと、僕と同じように夏休みの子供たちが本を借りに来ていた。大体年の頃は美魚と同じくらいだろうか。微笑ましい光景に僕もこの時だけは少しだけ心が穏やかになった。

 大人が読むような参考書コーナーに勉強用の机と椅子が設置されている。

 意外にも混んでいたので驚いた。端の方に空いている席があったのでそこに座る。学校からの課題と併せて予備校で出された課題を終わらせよう。時間は沢山あるんだ。集中すればすぐに終わってしまうかもしれないけれど。僕は自問自答を繰り返しながらシャープペンの芯を出した。


 二時間ほどした頃だろうか。正午を知らせる放送が流れた。高校の課題は半分強終わり、まだ夏休みが始まって一週間だというのに、この分ではすぐに終わってしまいそうだと心の中で苦笑する。

 いい時間だ。お昼ご飯を食べに行きがてら休憩を取ろう。机の上に散らばった教材を一気に片付けて図書館を後にした。

 外に出ると真夏日なのか暑い空気がむわっとしていた。気持ち悪いと思ったけれど外に出てしまえば逃げ場はないので仕方がない。汗が頬を伝う感覚があったけれど、とにかく今は歩くことだけを考えよう。

 お昼ご飯はコンビニで済ませようと、近くのコンビニに寄る。そうめんと冷たいお茶、そしてスポーツドリンクを買う。熱中症対策をしておかないとこの暑さは危険かもしれないと判断したからだ。

 コンビニのすぐ目の前に涼し気な噴水のある公園が見えた。木陰もあり、そこでならゆっくりとご飯を食べれそうだ。僕は道路を挟んである公園に向かって、注意しながら渡った。


 そうめんを食べ終わりお茶をひと口飲む。落ち着いたところで、ふと目の前に妙なひと影を見掛けた。

 目を凝らしてよく見てみる。黒いキャップに白い半袖シャツ、黒いスキニーズボンを身に纏っているモデルのような人物。僕はその人物の雰囲気に既視感を感じていた。


「――天川くん?」


 それは、僕が今、一番会いたくなかった人物だった。

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