第18・5話

 夏休みが始まる前、佐央里にそそのかされ音楽室でピアノを弾いた。

 自分の心を見透かされ、佐央里の思惑おもわくに乗った。

 口封じのキスをした。



 そのひとことで、すべてが崩れ去った、気がした。


 夏休みが始まってから、将成は海音にどう言い訳をしようか真剣に悩んでいた。初めてこんなにも真剣に悩んでいるものだから、どうすればいいのか心が迷子になっていた。

(佐央里の言ってたことが本当なら、誤解させてるよな……)

 将成はそんなことを考えながら、何故か今、海音の家の近くにいた。


 ”弁明するなら顔を合わせて。”


 それが将成の信念だった。


 かれこれ海音の家の近くに来てから1時間以上は経過した。外は炎天下。暑さで汗が垂れ流しだ。こんな日に限って体調はすこぶる良い。熱中症にならないように気を付けなければ健に殺される。将成は注意しながらも、海音の家へいい加減に突撃しようとした。――その時だった。


 ガチャリとドアが開く音が微かに聞こえた。将成は急なことで驚き、悪いことは一切していないのに向かいの塀に隠れた。

(……あ! 奥村!)

 中から出てきたのは目的の人物、海音であった。少し大きめのトートバッグを持っていたのでどこかに出掛ける様子だった。

 チャンスだと思った。

 将成はなるべく海音にバレないように、彼の後ろを付いて歩いた。


 結局のところ、バレた。

 どうしてこんなところにと言われて口ごもってしまった。連絡が夏休みに入ってからなかったことも指摘された。よほど、彼を心配させてしまったのだと将成は申し訳なく思った。

 こんなことなら初めから、心を決めて言うべきだったと。

 だから、聞いた。あの時、あの場所にいたのかを。すると海音は否定せず「いたよ」と答えてくれた。それが良かったのかもしれない。心なしか将成の心のダメージは少なく済んだ。

 勘違いされたままではこちらとしてももやもやし続けるからと、将成は海音に、佐央里は健のことが好きなんだと伝えた。海音は心底驚いたような顔をした。


「そう、だったんだ。びっくりした。だって、あんなにも天川くんに積極的になってたから、てっきり天川くんのことが好きなのかと……」

「まあ……はたから見ればそう思われるのも無理ないよな。でもほんとの話。昔から兄ちゃんの気を引きたくて引きたくて仕方がないんだよ、あいつは。最終手段が俺だったっていう話で。マジ、迷惑だよな」

「あはは……」

 海音は苦笑いをした。それもそうだ。他人の恋愛に、思惑通りに巻き込まれているのだから。

「でもよかった」

「ん?」

「あ、いや、こっちの話」

 海音が何かを呟いたような気がしたが、何となく話をはぐらかされてしまった。まあ、その話を深堀することもないと思うので将成は「そう?」と笑った。


 そういえば、と将成はふとあることを思い付く。

「……あのさ奥村?」

「うん、なに?」

「もし、良かったらこれ、一緒に行かない?」

 そう言って将成は携帯に表示された画面を海音に見せた。

「……花火?」

「そ、花火。ね、行こうよ、奥村」

 そこに表示されていたのは近く開催される花火大会のチラシ。この地域一帯では最大規模の花火大会だ。たまたまSNSの中で見つけた情報だったが、とても楽しそうだったので、将成は海音を誘おうと決めていたのだ。


 海音の反応は、なんともいえない、可愛らしいものだった。


「いいよ、行こう、天川くん」


 この時、将成の心中には『抱き締めたい』という衝動が渦巻いていたが、自重し、笑顔で誤魔化した。


 誤魔化しきれたかは、誰にも分からない。

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