第16話
休日明け、月曜日。
僕は天川くんにお礼を言うべく、一日中タイミングを見計らっていた。
きっと今日の僕はそわそわしすぎて気持ちが悪かっただろうな、と思ってはいたものの、緊張からくるこの高鳴る気持ちは抑えることが出来なかった。
初めて『友達』と呼べるひとが出来たものだから、どの距離感でいたらいいのか分からなくて気持ち悪くなってしまった。
天川くんといえば、授業中は眠りこけていたし、合間の休み時間はクラスメイトに話し掛けられていて僕が出る幕などなかった。流石は王子、付け入る隙がなかった。
業後となり、僕は職員室へと向かう。
先日お母さんに書いてもらった三者面談の書類を提出するためだった。
今回は出すのが早いなと担任に言われ、僕は自然と「はい」と微笑んだ。
職員室から出て少し廊下を歩く。教室までの帰路の途中、不意にピアノの音色が聞こえてきた。多分、天川くんが弾いているのだろう。
僕はこの瞬間、何を思ったのか「このタイミングしかない!」と、気付いた時には僕の足は走り出していた。
音楽室に辿り着いたので僕は息を整える。整ったところで音楽室の扉に手を掛けた――その時、中からピアノの音が止まり、代わりに話し声が聞こえてきた。ひとりは天川くんの声だった。もうひとりは誰だろう。僕は恐る恐るドアを少しだけ開け、中の様子を窺った。相手は、『さおり』さんだった。
「ねえ。どうしてあんな冴えない子がお気に入りなの」
「お気に入りってなんだよ。ひとをそういう風に言うな。小さく見えるぞ」
「答えて将成」
「ひとの話聞けよ」
「答えて」
「……うざい」
「この写真、クラスのみんなにバラ撒いてもいいの?」
「……汚いぞ」
「知りたいの。どうしてあの子に執着するのか。……美里先生に似てるから?」
「! 違う」
「やっぱりそうだったんだ! 確かにそうよね、あの子、美里先生に似てるものね! だからキスしたんでしょ⁉ だから依存――、」
口論をしていたのに、急にその声が聞こえなくなった。
僕はこの時、どうして覗き見なんて真似をしてしまったのだろうと後悔した。
その光景は今の僕にとって、心をざわつかせるには十分なものだった。
天川くんが、『さおり』さんの口を自分の口で塞いだ。
天川くんからすればその行為は見ての通り口封じだったのかもしれない。けれど彼女からすればただの御褒美だ。彼女はうっとりとした表情をして彼のキスを受け入れていた。
これが目的であったかのような素振りをして。
僕の心がキュウっと締まる。
どうして、こんなにも痛いのだろう。
どうして、こんなにも苦しいのだろう。
僕は無意識のうちに音楽室の前から逃げ出していた。逃げ出す瞬間に足元で音が出てしまったかもしれない。その音が天川くんに聞こえてしまったかは分からない。その音が聞こえてしまえばいいと思った。
教室に戻った時、クラスメイトはすでにいなかった。
いなくてよかった。
だって今の僕の顔は、きっと涙でぐしゃぐしゃになっていただろうから。
僕が抱いている、この気持ちはいったい何なのだろう。
その時にはもう、答えが出ていた。
(ああ、そうか……。これは……)
――恋だ――。
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