零の企み

「ねぇ、ちょっと」




「はい、何でしょうお嬢様」




「『何でしょう』じゃないわよ!ここに来る前の威勢はどこいったのよ」




「はい?何のことですか?」




少し目を見開いた楓恋だが、あくまで何にも心当たりがないかのように答える。零の知人程度ならそう捉えるでしょうけど、実際は違う。目の下の頬がほんのり赤らんでいる。このくらいの変化を読み取れるのは小さい頃からの繋がりを持つ、家族や私だけだろうが。




「私はただいつもの業務をこなしているだけですが」




楓恋が陣が好きだということを私が知らなかったなら、零に付き添い、手伝うだけで何も不自然ではなかったけれど、私は知ってしまった。そして、その事実に気づいたからには、気付けなかったからには、今まで我慢させてきた分、陣との距離を詰める手伝いをしなくちゃいけない。これは自分へのけじめだ。もちろん、ホントはそんなことしたくないし、私だって陣との距離を縮めたい。でもこのまま楓恋に何も償わないで、私の願いが叶ったとしてもきっと後悔する。後悔するのだけは嫌。小学校の間に、陣への気持ちに気が付けなかったことを今でも後悔してる私自身が一番分かってる。なら、私はどうすべきか.........




名案が頭の中に浮かび、楓恋への問い詰めを諦めた風に息をついた。




「ならいいわ。私が関わることじゃないし」




嘘である。これから陣とのことに直接関わろうと企んでいる。だが、私も甘くない。嘘をついてもバレないくらいの演技力は持ち合わせている。咄嗟の出来事に驚いたりしない限り、楓恋に見破られることはない。




その言葉通り、楓恋はホッとしたように少し強張らせた顔を元に戻した。








________________________________________






あのあと、ショッピングを早々と切り上げ、現時刻は午後5時。私たちは8時くらいに帰ればいいということになってるので、まだまだ時間はある。私はある計画のために、話を進める。




「陣は今日何時に帰らないといけないの?」




「多分...9時くらいなら何も言われないんじゃないかなぁ」




それならまだ帰るまで時間がある。これで準備は整った。怪しまれないように少し考える素振りを見せ、ニッコリと微笑む。




「なら近くの遊園地に行かない?まだ時間あるし」




「すぐ着くし、お金もリーズナブルだから、俺はいいけど」




色々な娯楽が集まる複合施設なので、少し歩けば遊園地や、今は営業していないプールなどがある。




「一応、楓恋は?」




「私は付いていくだけですので、どこでも構いません」




やっぱりそのスタイルを突き通すのね...。いいわっ。今からその澄ました顔を真っ赤に染め上げてあげる!決して煮え切らない態度の楓恋に苛立ってるとかじゃないんだからね。あくまで!あくまで、楓恋と陣の距離を縮める手伝いがしたいだけだから。




「じゃあどこから回ろうか」




「私、行きたいとこあるんだけどいい?」




陣も予想通り行きたいとこなさそうだし、ちょっと不自然だけど、初めからいっちゃいますか...。




「やっぱり遊園地といったらお化け屋敷でしょ!」




元気よく人差し指をたてながら言う。その瞬間楓恋の体がびくんと跳ねた。




「ど、どうしたの?楓恋」




流石の陣でもすぐに気づき、驚いているようだ。




「べっ...べ別に何にもありません」




普段なら一切噛まない楓恋が、慌てて舌が回ってない。更にいえば、くりっとしたその目は魚のように泳いでいる。そう。楓恋の唯一の弱点といっていいだろう。その証拠に、何でもないと言っていた楓恋がものすごい形相で私のことを睨んでいる。噛んだことが恥ずかしかったのか、顔が分かりやすいように赤らんでいるので、全然怖くない。むしろ可愛い。楓恋は無意識に可愛いとこがあるからずるいよね。ほんとに。私が認める可愛さだからこそ、陣がメロメロにならないか心配なのよ。まぁ仕方ない。ここは私がなんとかしなくちゃいけないのだから。




「なら早速いこういこう!」




楓恋もああ言った手前、今さら怖いから無理なんて言えるはずもない。陣もある程度耐性があるのか、案外乗り気だ。




パスを購入し、テーマパークによくあるお化け屋敷に着いた。この程度なら子供でも怖がりそうにないけど。対象年齢9歳以上だし。生まれたての小鹿のように足が震えてる高校生が隣にいるけども。




遊園地はこの時間帯空いていたようで、すぐに順番が回ってきた。




「それではいってらっしゃいませぇ」




白い幽霊の服で三角巾を着けた受付の人の合図で、スタートする。今の私たちの位置取りは、左から陣、少し開けて私と楓恋。外にいるときは普通に立っていた楓恋だが、暗くなり、陣に見られないと分かると、すぐに私の腕に抱きついた。離せないようにがっちりと掴んでいる。これはちょっとまずい。楓恋のせいで歩くスピードはいつもの1/3程度だし、なんとかして楓恋の手を離さないと。




歩いていくのはほとんど前が見えないトンネル造りの道。下が砂と石なので、じゃりじゃりいう音だけが響いて、仕掛けがどこにあるのか緊張する。20メートルほど歩くと、緑色の苔っぽいものがびっしりついた井戸らしき物体を見つけた。楓恋も見つけたのか、腕から緊張が伝わってくる。


そのまま少しずつゆっくりと近づいていく。


目の前まできて、三人(一人は明らかに覗こうとしていない)で覗こうとすると、急に私たちの1・5倍ほどの背丈のある髪の長い女が飛び出してきた。




「「ぎゃああああああああ!!」」




一人はもちろん楓恋で、もう一人は私。そのまま楓が尻餅をついたのを見て、私は一目散に先に走り出した。




「えっ......待てって!零!」




陣の呼び掛けには応じない。驚いたのも、走り出したことに不信感を持たれないため。これで、成功。真っ暗な空間で一人ガッツポーズするのだった。










塞いでいた目を開けると、隣には陣くんと...零は?!えっ......嘘でしょ...。




「零...様は?」




「走り出してったよ。そんな怖くないのにな」




いや、怖いから!ホントに!!




そんなことより、零が...いない?


なら私はどこにしがみつけばいいの?


.........ハッ!?もしかしてそれを分かって...。


文句も言えない、どうしようもない状況に頭をうつむかせる。






少しの間逡巡して、覚悟を決める。






「あの...さ。少しの間だけ腕...掴ませてもらってもいいかな?」




「......えぇ??」






楓恋の顔はこの暗さを照らすほど、赤く染まり、羞恥に満ちていることを企み顔で想像する零であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染のお嬢様が俺に会うために留学から帰ってきた件。 sy @syoyu-0422

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ