第122話 音楽会と密やかな別れ(1)
マクニ・オアモルヘの完成へと向けた頑張りが与えた影響は思ったより大きく、音楽会でのわたしの出番は一人での参加にもかかわらず去年と同じ最終週である四週目だった。
最終週というのはそれだけ確かな技量を持つと教師たちに判断されたということなので、けっこう注目されるものだ。
よく知らない人と組む気がしないという本心はともかく、将来に向けて頑張る女の子たちの邪魔をするつもりはまったくなかったし、その気もないのに男の子からのお誘いを受けるわけにはいかなかったのも事実だけれど、成長しているとはいえ中級生内でも小さいわたしだ。失敗だったかなとも思う。
……木立子で中級生で一人の最終週。目立つ要素しかない。
最後だし、印象に残るようなこと、本当はしたくなかったのだけれど。
それでも自分の出番までは、いつも通りじっくりと演奏を楽しむ。
マクニオスらしい曲にも慣れてきたと思うのと同時に、演奏される曲――特に成人する最上級生のもの――に込められた意味がわかるようになったことでドキリとさせられることもある。
神殿で教師によるディル・トゥウを見たときよりも、もっと。
それは男女二人で作り上げる芸術の重要さだ。
あのとき、ディル・トゥウとその元となるマクニ・トウェッハは、神さまへの祈りと誓いなのだと聞いた。
魔力を込めながらの美しい芸術で神さまたちを満足させ、そうしてマクニオスの豊かさは保たれる。とうてい命が育まれる場所ではない広大な砂漠の真ん中にある土地で、神さまが守ってくれる。
ずっと昔から、ここの人たちはそうしてきたのだろう。
あらためて周囲の様子を見てみると、音楽会が男女の出会いの場であることがよくわかる。二人で組むというわかりやすいものだけではなく、あえて同性と複数人で組み自分の魅力をアピールしてみたり、歌う歌詞に想いを込めてみたり――。
自分自身は勿論のこと、ラティラやカフィナという近しい友達のあいだでそういう話が出てこなかったので、理解はしていてもあんまり意識していなかったのだ。
子供でいることにはかなり慣れたけれど、やはり木立の舎に通う年代の子から恋のお相手として見られるのは居心地が悪い。今年の音楽会、あえて子供らしさの残る曲を作った少し前の自分には拍手を送りたい気分である。
とはいってもここはマクニオスで
マカベの子という立場や期待されていることのわかる出番にふさわしい美しさになるよう、演奏曲は全力で仕上げた自信作だ。
さて、今年は別々でやることになったわたしのお友達はというと、もちろん素晴らしい演奏を披露してくれた。
カフィナが組んだのは同じ中級生で文官を目指しているという、わたしはあまり話したことのない、どのような演奏をする子だったかもあまり覚えていない男の子だ。リュートに似たアクゥギを持つ人は多いから、よほど上手でなければ印象に残りにくい。声を聞いてようやく名前を思い出す。
……それにしても。やっぱりカフィナは音楽会にすごく向いている。
安定感のある演奏は木立の舎で学んだ成果を示すのにふさわしく、なによりふんわりした甘い声は恋の歌にぴったりなので、男女二人でする演奏をかなり楽しみにしていたのだ。
カフィナのよく伸びる高音はやわらかくて耳に心地よい。そしてまだ声変わりをしていない男の子の声はしかしゆったりと落ち着いていて、バランスが良かった。
まっすぐな愛情を伝える曲は既存のものでそれなりに難しそうだ。たぶん上級生が演奏していてもおかしくないような曲。
お相手の男の子のほうも技術力はあるのだと思う。
欲を言えばカフィナの良さを生かすような空気感を作ってほしかったけれど……これ以上を期待するのは中級生には酷だろう。
それになんとなく、彼はカフィナのことを好いているように見えた。これまでわたしが傍にいたことで恋路を邪魔してしまっていたのなら申し訳なく感じてしまう。
ラティラのお相手は宣言通り中上級生の男の子だ。こちらは二人で作曲したものを披露するらしい。
「おぉ……」
ラティラが奏でる、いつになく甘いハープの音色。
囁くような歌声はまるで二人が秘密を分かちあうようで。
よほど気に入ってくれているのか、わたしの作る曲にどこか構成が似ていて、ラティラの雰囲気にあった静かな美しさの滲み出る旋律が丁寧に乗せられていた。彼女の指がとろりとした毛布の感触を楽しむようにそっと弦を爪弾くのを、わたしはぼうっと見つめてしまう。
わずかにソリッドな苦味の効いた男の子のヴィオラが、ラティラの音を導くように、あるいは包み込むように優しく鳴る。
二人の息づかいまで計算されつくした間の取りかた。深い深い愛を語る言葉と、夜明けに揺らぐ時間の刹那な情動。切なさを湛えながらほどける余韻。
……素敵すぎる!
ラティラの、音楽師になりたいという意思を強く感じる。
彼女は音楽が大好きで、音で世界を表現し続けたいと、そう願っているのだ。音を奏で続けるためにさまざまな分野で優秀でいるこの女の子は、どこまでも音楽を愛している。その思いをこんなふうに支えてくれる人がいるならきっと大丈夫。
まさかこんなに素晴らしい演奏を聞くことができるとは思わなかった。胸がぐっといっぱいになり、耳が熱くなる。
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