第120話 二歩進む(3)

「たいへん残念なことですけれど、今年は中上級生のかたと組むことになりました」

「わたくしも、文官を目指すのであれば今のうちから良いお相手を見つけなければならないのです」


 そうラティラとカフィナが話すのは今年の音楽会についてで、彼女たちはそれぞれの目標のために男の子と組むことにしたという。

 芸術師になりたいと零していたラティラは彼女に文官になってほしいスダ・マカベたち両親とも話ができたようで、まだ互いの妥協点を探っているところではあるようだが、根気良く説得するつもりらしい。「レイン様の演奏を聴く側に回るのも楽しみです」と微笑む姿に陰りはなかった。


 残ったわたしは当然他の誰かと組むという考えなどなく、ひとりで挑むことにする。この二人や兄姉たちなど、わたしの作曲に慣れていて、かつわたしの曲を好きだと思ってくれる人以外と一緒にやれる気がしないのだ。

 さらに中級生ともなれば婚姻を意識した話もぐっと増えるわけで。

 ここで結婚するつもりなんて欠片もないわたしにとっては荷が重いし、そういう相手として見られるのもなんとなく嫌なので、今年は明るく元気な曲にしようと思っているくらいである。

 ……幸い、この年頃のわたしの顔立ちは周りと比べて幼く見えるようだし。


 ひとまず神さまに会う算段がついたわたしは、音楽会の練習とマクニ・オアモルへの復習をしつつ、もうひとつの目標であった土の国の子のことについて考えることにした。




 さすがに土の国の子を飲み込んでしまったのだなんて話ができるはずもなく、マクニオスへ来たばかりのころに聞いた「まじないが盛んで打楽器を使うかもしれない」という話をもとに他の国の音楽に興味があるのだという体で会話に盛り込んでみる。

 そんな話をしているとやけに食いついてくるのはアグの土地の子たちだ。


「最近アグの土地で流行っているのは、アクゥギを短く重ねて拍子をつけるような曲なのですよ」

「精霊の拠りどころの飾りも、土の国で使われているものを参考にしたそうだ」


 初めのうちは同級生の、そこまで詳しくない子ばかりだったけれど、次第に話される情報の深さや多さに気づいたときにはアグ・マカベの子であるというひとつ年上の男の子から披露会の招待を受けていた。

 訪れたアグの林の陽だまり部屋でわたしを迎えてくれたのは思ったより少人数で――というよりわたし以外にはアグの子三人しかおらず、たじろいでいるあいだに席に案内されてしまう。


「君は精霊に興味があるのかい?」


 そう切り出したトトックという名前の彼はマクニオスではとても珍しい鈍色混じりの髪をしていて、光の当たり具合によっては暗色にも見える。

 いっぽう瞳は母親であるニンニ譲りの濃い赤色。目を引く色彩にどうしても身構えてしまうのだが、トトック自身はさらりとした話しかたをする人のようだ。


 とはいえ精霊に興味があるなどという話をした覚えはないわたしは困ってしまう。簡単な言葉を並べるだけの精霊のための芸術より、大好きな音楽や、難しいけれど綺麗だとは思える絵画や舞踊からなる神さまのための芸術のほうが断然好きなのだから。

 しかしこれまでのアグの土地の子たちの言動から、彼らが精霊を大事にしていることは明らかで、うかつに否定するようなことも言えない。

 そもそもそんなふうに見られている理由も謎であるし、そんなわたしに近づいてきた彼らの目的も不明だ。


 なんとも表現しがたいもやもやを抱えながら、わたしはにこりと丁寧に微笑む。


「興味があるように見えるのでしたら、それはもしかしたら、知らない音楽を知りたいからなのかもしれません。わたしはとても、音楽が好きですから」


 わたしの答えは予想していたのか、心得たようにトトックは頷いた。

 彼がすっと手を挙げると、控えていた二人の男女がアクゥギを出す。挨拶したあとはずっと黙っていると思ったら、彼らは演奏要員としてこの場にいるらしい。


「レインも話には聞いているかもしれないけれど、今アグの土地で流行している曲だよ」


 どこか民族音楽を彷彿させる音階と拍子に、マクニオスらしいゆるりとした旋律が乗せられる。これはけっこう好きかもしれない。もともと別ジャンルの融合した――いわゆるクロスオーバーな音楽は好きなのだ。

 ……だからこそわたしは、ここで心から楽しんで曲を作ってこられた。


 などと考えながら、しかし本題は演奏を楽しむことではないので気を引き締める。


「音の運び自体はマクニオスのもののようですけれど、音階を違うものにするだけでがらりと雰囲気が変わりますね」

「そうなんだよ。母様のご友人がかの国に詳しくてね、上手い具合にマクニオスの曲と融合するように作ってもらったのさ。浮遊感のある旋律で不思議だけど、レインは懐かしく思うんじゃないかな?」

「……郷愁の念を誘うような旋律ではありますよね。実際に使われている楽器がどのような音なのかも気になります」


 カリンバや鉄琴のような金属の振動を利用した楽器。

 手拍子や踊りを交えて歌われる曲。共に囲む焚き火と闇鍋のような食事。そうして成されるまじない。

 簡単な言葉を重ねて繋げて、精霊に力を借りる。

 彼らが住む土壁の家と、この世界へやってきたわたしが最初に着ていたのとおそらく同じ、目の粗い麻のようなもので作られた服。ヨナよりももっと自然的で、原始的で、神さまに遠い。

 けれど、無駄を削ぎ落とした方法は、ある種の美しさでもあるのだという。


 わたしの質問にトトックが答えて。その反応を窺われて。

 土の国のことを知っていく。

 なんだか上手く進みすぎているように思うのは気のせいだろうか。わたしたちは確かに土の国について語り合っているけれど、まるで違うことを話しているみたいだ。

 話は一向に噛み合わないのに知りたい情報は集まってくるのが奇妙で、美味しくない料理と相まってその不均衡が気持ち悪い。

 そしてその不快感は、記憶が戻るかと確認するようにこちらを窺う彼らに対するものでもあるのだ。失くした記憶なんてないはずなのに。土の国のことを知りたいはずなのに。

 ……思い出させないでほしいと。

 勘の鈍いわたしでも嫌な予感がしてきたところで、トトックはこう告げた。


「あるいは君は、神殿で過ごすほうが幸せになれるのかもしれないね」

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