第111話 探していた神さま(1)

「あなたをマクニオスへ連れてきた神、ですか……」

「はい」


 その日の夕食後、わたしは女性教師棟にあるシユリの部屋を訪れていた。

 予想外に、わたしが神さまのことを調べ回っている事実は中級生内に限らず知れ渡っており、食堂で鉢合わせた際、シユリのほうから協力を提案されたのだ。


「せっかくですから、音の神さまだけでなく、他の神さまとも繋がってみたいのです。……多くの神さまの加護を得たほうが、魔法も使いやすくなるのでしょう?」


 そういう建前にしているのにはわけがある。

 中級生が始まる前にジオの土地で開催された披露会に参加していた際、わたしはすでにマクニ・オアモルヘについての情報収集をしていた。そこで浮かんできたのが、講義でマクニ・オアモルヘを成功させ音の神さまと繋がれるようになっただけで本当に帰れるのか、という疑念である。


 気になったのは大きく三つ。

 まずは直球に、音の神さまはわたしを元の世界へ帰してくれるのか。

 二つ目は、一つ目が否であった場合に帰してくれる神さまは誰なのか、あるいは、わたしを連れてきた神さまにしか成せない場合それに該当する神さまは誰なのか。

 そして最後に、わたしを帰してくれる神さまと繋がれるマクァヌゥゼはどのような曲なのか。


 この世界には様々な神さまがいることを、そして、それぞれ司るものがあることをわたしは学んだ。

 たとえば、今では繋がる方法が失われ、存在すら把握されていないという四柱の古代神は個々で強大な力を持っていたと言われている。が、彼女たちが生み出した火・風・水・土の神さまたちは古代神に次ぐ力を持つとはいえ、それぞれの古代神の場所に紐づくものとして、得意なこととそうでないことがはっきり分かれているらしい。神殿で、スダ・サアレが風の神さまを呼んだときのことを思い出すと、それはよく納得できる。

 同じく他の神さまたちも、どのようにして生み出されたかによってできることは変わってくるのだ。


 ……調べたところ、講義で学んでいる音の神さまは、土の神さまの系譜。デリの洞窟に連なる神様である。


 つまり音の神さまにお願いしたところで、もとの世界へ戻してくれるような力がなかったり、力のある神さまに繋いでくれなかったりすれば、意味がない。今の練習がまったくの無駄になるというわけではないが、それだけでは足りないかもしれないということ。

 わたしが連れてこられたのがジオの泉だということを考えれば、このまま帰れる可能性は低いような気もするのだ。


 勿論、ヒィリカやシルカルに訊いてみるという手はある。というより、あのおもてなしの前に気づいていれば、わたしは真っ先に彼らに質問しにいっただろう。

 けれどもそうしないのは、おもてなしの恐怖は勿論のこと、マクニ・オアモルヘという、マカベのなかでも優秀な者だけが成功させられる魔法に立ち向かうことで、これ以上彼らの思惑に巻き込まれたくないという気持ちが強まったからだ。


 ずっと、互いの利害が一致しているからと目を逸してきたけれど。

 多分、それだけでは駄目なのだと思う。わたしの、心が。


「そういうことでしたか。……ふふ、レインはジオの土地にいるあいだも、色々と調べていましたものね」

「……え」


 その言葉に、一瞬で現実に引き戻される。……気づかれて、いた?


「あの、お母様たちは……」

「あら、秘密にしているのでしょう? なにかに一生懸命になっていることは気づいているでしょうけれど、お母様たちも内容までは知らないはずですよ。本当に、レインは文官に向いています」


 そう言って微笑んだシユリに、安堵の息を吐く。

 シユリたち兄姉はわたしが両親を避けていることを察してくれていたし、その上で気を遣ってくれていたので大丈夫だろうとは思っていたが、そういうふうに認識されていたのか。


 もっとも、気立子というのは魔力の多さに加えてその神さまの目に留まるような秀でたものを持っているそうなので、音の神さまであった可能性もある。しかしわたしの場合は事情が特殊だ。もともとは土の国の子を連れてきたのだから、違ったときのことを考えてできるだけ準備をしておきたい。


「あの、神さまによって、マクニ・オアモルへのマクァヌゥゼは異なると聞いたのです。ですから、そちらの方面から探せないかな、と……」


 マクニ・オアモルヘのマクァヌゥゼは神さまによって少しずつ異なるらしく、わたしは最初の日に関するおぼろげな記憶を頼りに楽譜を漁っているところだ。

 成人して数年ではあるが、優秀な教師で音楽の得意なシユリがいれば百人力である。


「……それなら、演奏を聴くのがいちばんなのでしょうけれど」

「そ、そうですよね……」

「けれど、お母様たちに秘密にしておきたい、レインの気持ちもわかるのです。教師のための資料室にもいくつか楽譜があったはずですから、そちらも探してみましょうか」


 この際ですからバンルとルシヴも驚かせましょう、と笑う彼女はとても頼もしい。同時に、どうしてそこまで、という気持ちも湧き上がってくる。


「シユリお姉様……」

「ほら、情けない顔をしてはいけませんよ。レインがこうして頼ってくれるのは初めてなのですから。一緒に頑張りましょうね」

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