第112話 探していた神さま(2)
そうこうしているうちに、講義内容は家事のやりかたへと移っていった。
掃除や洗濯などのものは単純で、基本的には魔術の魔道具を使用する。こういった家事はわたしのよく知る清掃・洗浄ではなく、「指定した範囲から美しくないものを取り除く」という認識になるため、精霊にもわかりやすいのだ。
魔道具に刻む基本の言葉を覚え、あとは自分や家族が使いやすいように調整するだけなので、ある意味、電化製品よりも便利かもしれない。
問題は料理だ。
予想していたことではあったのだが、それを上回ったというのが正しいか。
「……む」
「レイン……」
先に断っておくと、わたしは決して包丁の扱いが下手というわけではない。それに、裁縫ですら職人並みの技術を求められたのだから、毎日食べている、あの美しすぎる料理を作るには相当の技術が必要だろうと、覚悟もしていた。
「そなたは魔力の扱いが雑すぎるのだ。刃の先端と中心に同量を流したら、食材が悪くなる」
「はい……」
料理に使う道具もすべて魔道具なので、一応、魔力を扱いやすくはなっているという。しかし謎に魔力の光を放出し続ける食材に合わせてこちらも流す魔力を調整し、その上で飾り切りをするなんて、難しすぎるのだ。
まだ飾り切り自体は、中級生の講義だけあってキャラクター弁当の範疇といえよう。だけど、このキラキラはどうしようもないではないか!
「レイン様、大丈夫ですか?」
「う……まさか、食材がこのように魔力を発しているとは思いもしませんでした……」
心配そうにこちらを覗くカフィナ自身は、これっぽっちも危なげなく包丁を扱っている。
いつの間にか身長もぐんと伸びて、包丁を持つ手指はしなやかだ。可愛らしさを残しつつもほっそりしてきた顔立ちは、お姉さんらしさを増したように思う。そんなカフィナに心配されると、最近なにかと一緒に過ごすようになったシユリと重なるのだ。
ちなみにわたしの身体も成長してはいるけれど、大人になった自分という限界値を知っているため、期待はできない。
わたしが包丁を当てた瞬間に魔力の煌めきが霧散し、へなりとしてしまう野菜を見て、カフィナはひとつ頷いた。
「料理として出てくる頃には、魔力も定着していますものね」
「はい……」
知った顔で頷いてみたが、そもそも料理に魔力が定着していたなんて初耳だぞなどと思いながら、カフィナの手もとを盗み見る。慎重だがなめらかな手つきで、切り口から滲み出る魔力の光は切る前と大して変わらない。
そのうえ視線にも簡単に気づかれて、ふふっと微笑まれてしまった。
「前にわたくしたちがキッハの講義でつまずいていたとき、ラティラ様が心の中で演奏するのだと教えてくれたでしょう?」
「ええ。魔力の動きがわかりやすくなりましたよね……あ」
「ふふっ、そうです。自分のものではない、食材の魔力と合わせることは少し難しいですけれど、作曲の練習と似ているように思います。レイン様ならきっとすぐにできますよ」
ラティラの教えをそんなふうに応用していたカフィナに感心しつつ、早々に第一段階の課題を終えて次の課題をもらいにいったラティラのいるほうへ目を向ける。彼女もきっと、こうして試行錯誤しながら大好きな音楽以外のことまで「マカベの娘」らしくこなせるようになったのだろう。
……わたしも頑張らなくては。
もう一度、不思議な食材と向き合う。野菜がキラキラ光っているのはとても不気味に思えるが、たとえばこれが、
……ええと、光る木といえば……。
いつか見た、冬のイルミネーション。あの煌めきの中で、どんな音楽を聞いていただろう。
なるほど確かに、これは作曲と似ているのかもしれない。
「……んん」
しかし、あまり集中できていない自分を自覚する。
どれだけ頑張っても美味しい料理ができるわけではないというがっかり感と、どうせもとの世界へ帰るのだからここで頑張っても仕方がないという思いと。
それでも。それでも落第だけはするまいと踏ん張る。
……時間をとめることはできないのだから。講義に合格できなければ、マクニ・オアモルへの練習をする時間もなくなってしまうかもしれないのだから。
「大丈夫です、レイン様。先ほどより魔力の光は長く残っていましたよ」
「いっそのこと、食材の魔力と寄り添う歌、という曲を作ってみてはどうでしょうか」
「……ラティラ様はそうやって、レイン様の歌を聞く機会を逃さないのですね」
「あら、レイン様は具体的な主題から曲を作るのがお上手ですもの」
教師のところから戻ってきたラティラは、余分にもらってきたらしい楽譜を嬉しそうに抱えながらそう言う。
「ふ……、ふふ」
「レイン様?」
「……わたしが初めてマクニオスにきたとき、食べ物も飲み物もなにもなくて。そういえば、似たよう感じで曲を作ったなと、思い出したのです」
「……え――」
「まあ、是非聞かせてくださいませ!」
「あれは誰も聞いていない、夢の中で作ったようなものですから、少し恥ずかしいです。代わりに、食材の魔力と寄り添う歌が完成したら、聞いてくれますか?」
――あとはもしかしたら。
こうして傍にいてくれて、わたしの歌を楽しみにしてくれるカフィナやラティラのことを、頼りにされて嬉しいと微笑むシユリのことを、考えてしまうからなのかもしれない。
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