第109話 精霊のための芸術(2)
精霊のための芸術ということは、当然、この世界には精霊が実在している。そしてそれは、案外身近なところにいるものであった。
「これは……家の飾りを小さくしたもの、でしょうか」
「えぇ、そうですね。林にも飾られています」
実際に魔術を使って、ひとりひとつずつ、まん丸の灯りが教師から配られた。水晶玉のような透明の球体の中で、温かな色の光がじわりじわりと明滅している。子供の片手にも収まるくらい小さいけれど、見た目は家の木にぶら下がっているオーナメントと同じだ。
ろうそくの火みたいで綺麗だと思いながら見ていると、ふと既視感を覚えた。どこかで、これくらいの大きさの飾りを目にしたような気がするのだ。
細かく言えばツスギエ布の留め具として使っている人を見たことはあるのだが、もっと印象的な――
「チヒヤ先生、わたくしは自分の精霊を持っていますから、結構ですわ」
「私も持ってきています」
「わたくしも――」
アグの子たちが固まっている席の辺りから、そんな声が聞こえてくる。彼らは自分の灯りを装飾品として身に着けていたようで、外したそれを教師に見せた。
「……あ」
「レイン様?」
「いえ。……あ、えっと。アグの土地では、この飾りを装飾品にするのが流行っているのかな、と」
わたしの視線を追って、カフィナが教師とアグの子たちの会話に気づき、頷いた。……と、反対隣から小さく息を吐く音がする。
「ニンニ様が推奨していると、聞いたことがあります」
ラティラが零した名前を耳にした途端、何故だかぞわりと背中に冷たいものが走った。ニンニが初対面の挨拶で見せた、綺麗な弧を描く赤い唇の印象か。
相対したときはそんなふうに感じなかったのになと思いながら、ふうと息を整える。
「……わたしも、彼女のことを思い出していたのです。去年の音楽会でご挨拶をしたときに、たくさん身に着けていらっしゃったので……」
「えぇと確か、アグ・マカベの奥様でしたね」
「そうです。アグ・マカベもニンニ様の提案を受け入れているそうで、いきなり彼がマカベになったのは魔力消費量を抑えたからかと、お父様が納得していました」
わたしはラティラの言葉の意味がよくわからずに首を傾げた。が、それはすぐに解決した。
「今お配りしたものは、精霊の拠りどころです。神と違い、精霊は不安定な存在ですからね。魔術を使うときは、精霊が好む、透き通った魔法石に呼び寄せておくのですよ。この灯りが、精霊が宿っている証になります」
なんと、この丸い飾りの中にはすでに精霊がいるらしい。そんな感じはまったくしないので、教師の言葉通り、神さまとは別物と考えたほうが良いのかもしれない。
チヒヤという名前の女性教師は、一瞬、アグの土地の子供たちのほうを見て、ゆるりと微笑む。
「魔術は魔法よりも魔力を使わずに済みますから、上手く利用すると良いですよ」
芸術という魔法によって人々を導くため、マカベには魔力の多い者が選ばれる。土地の序列が決まる基準を考えると、その判断はおそらく、日々の四つ灯の魔法で神殿へ送った魔力の量でされるのだと思う。
普段の生活で使う魔力を節約できれば、四つ灯の魔法に込められる魔力を増やせるということだろう。
とはいえ、それだけのことでマカベになれるほど魔力の節約ができるのならば、魔法より魔術が普及しているはずだ。チヒヤは二つの違いを「必要な魔力量と操作性」と言ったので、魔術のほうが操作性は悪いのだろうが、普段魔術の魔道具を使っているときにそれを感じたことはない。
なにか理由があるのだろうか、そんな疑問を抱いたのはわたしだけではなかったようだ。
「……もっと、魔術が広まっていてもおかしくないように思います」
「わたしも同じことを思っていました。使いながら先生が教えてくれるのでしょうか」
魔術を使うには、精霊の拠りどころの他にも必要なものがいくつかあるようで、教師たちが手分けをして配っている。魔法石のはめられていない、ごく普通の壺に首を傾げながら、そんなことをカフィナと囁きあった。
「……魔術、ね」
そう呟いたのはインダだ。いつもの、わざと軽い調子にしたような声色とは異なる声。ハッとして振り向くと、彼のやわらかい微笑みに違和感を覚えるほど、その瞳はなにかを蔑むような冷たさを宿していた。
「インダ様は――」
「インダ」
「あぁ、ごめん」
しかしその凄艶にも見える光は一瞬で掻き消える。
「別に、魔術が嫌だとか、そういうのじゃないよ? ほら、この前も料理が楽しみだって、言っただろう? ただまぁ……」
「神殿は神を祀る場だからな。木立の舎以外で、精霊のための芸術には縁がないのだ」
二人の言葉を聞き、わたしはぼんやりと、そういえば神殿の木には灯りのオーナメント――精霊の拠りどころが掛かっていなかったなと思い出した。
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