第107話 たしなみと志望職業(3)
選択講義で自分の得意な芸術に触れられるようになったからか、舎生のあいだで志望職業についての話題が増えていた。
特に手芸選択の講義中は話がよく弾む。手芸などの手を動かす系統の芸術師が集まる披露会では、噂話に花を咲かせながら芸術品を作り上げるのが通常らしく、担当教師も作業中に会話することを推奨しているのだ。なにより、流行を追い、お洒落を楽しむ子たちは話好きばかりである。
初めのころは遠巻きに見られていたわたしも、シエネだけでなくいろいろな子と話すようになっていて、将来のことを聞かれることが多かった。
「レイン様は今日もこのあと練習をするのですか?」
「はい、そのつもりです」
「本当に音楽がお好きですよね」
「調べ物も熱心にしているだろう」
隠しているわけではないので、わたしがマクニ・オアモルヘの練習に力を入れていることはみんな知っている。
ついでに志望職業は文官だと話してもいた。いろいろな魔法に通じていて、神さまの加護を得た人の多い文官はヒィリカの職業でもある。「お母様のようになりたいのです」と言っておけば納得してくれるし、むしろ応援してくれるのだ。
決して彼女のような魔法を使いたいわけではないけれど、神さまと繋がりたいのは本当だから嘘は言っていない。公言しておけば情報も集まるし、都合が良かった。
……もし成人までに帰れないなら。
本心では、居心地の良い神殿にいられる祭司がいちばんの希望職業だ。けれど、祭司になれるのは男性だけらしいから仕方ない、か。
「……レイン様は、文官を目指すのですよね」
「え? あ、そう……ですね」
そろそろ選択講義も終わるというころ。今度はカフィナ自身が「親が音楽師」である同級生を集めた披露会を開催したために、ふたたび二人きりになったラティラとわたしで演奏の練習をしている時だった。
別に良いといえば良いのだけれど、なんだかなぁ……という思いを頭の隅へ追いやった。そんなことより、今はラティラの話が重要だ。伸ばされた手を掴むように、続きを促す。
必死に隠してはいるようだが、日に日に弱まっていく静かな笑顔。
やはり彼女とはちゃんと話したほうが良いと思っていた。どうやって切り出そうか考えていたところなのだ。
……だって、見てしまったから。なんでもないとは、もう言わせない。
「わたくし……わたくしは、音楽師になりたいのです」
あぁそうか、そうだよなと思う。
彼女の瞳は、とても羨ましそうにカフィナを見ていたから。
マカベの子供は優秀であるように望まれる。それはわたし自身が、ジオ・マカベ夫妻に引き取られた時から実感していた。ラティラはもっと幼いころから周囲の期待に応え続けてきたのだろう。そして、実力は本物だからこそ、将来は文官にと望まれてきたのだろう。
はたして、なんと声をかけてあげたら良いのか。反射的に手を伸ばしてしまったけれど、実のところ、まだわたしは迷っている。
わたしは無責任だ。去年のカフィナみたいなことが起こってしまったらどうしよう。これ以上、この世界の人に影響を与えてしまうことが、恐ろしい。そんなことを考えて、ためらってしまう。
それに音楽師はおもてなしをする人だ。ラティラは優秀だから、ヒィリカみたいになってしまうかもしれない。
嫌だな、と思った。わたしには彼女の行く末を決める権利なんてないのに。
……わたしは無責任だ。無責任で、臆病だ。
けれど、伸ばしてしまった手を引っ込めるなんて、そんなひどいこと、できない。してはいけない。たとえ日本へ帰るのだとしても、ラティラはこの世界でわたしの音楽を強く肯定してくれた――いや、そういう理屈でもなくて。……わたしの、お友達なのだ。
「カフィナ様が……」
「あ――」
羨ましいのだろう。普通にしていれば両親と同じ音楽師になれることも、自分の意思で難しい職業を志望していることも、両方が。
「カフィナ様が、たとえばわたしたちの職業が別々になったとして、もうお友達ではないと、考えると思いますか?」
「……え?」
哀しいのだろう。自分が置かれている状況も、カフィナを羨んでしまうことも、選択の結果に起こりうる未来も、全部。
「わたしも、そういうふうに見えますか?」
わたしには当たり障りのない言葉しか言えない。やっぱり影響を与えることは怖いから。感情をあおるようなことも、絶対にしない。
でも、味方だよ、お友達だよと伝えることくらいは、しても良いのではないだろうか。
「い、いいえ」
「わたしにはラティラ様のご両親がどのようにお考えかわかりませんから、こうしたほうが良いなんてことは言えません」
本当に言うべき言葉はわかっているけれど……。
「それでも、ずっとお友達です。お友達で、いてくれますか?」
そう問うと、ラティラはとても綺麗に笑った。
「えぇ。勿論です」
どんな職業になったとしても、たまには一緒に演奏しましょうね――本当に言うべき言葉は、言えなかった。
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