第105話 たしなみと志望職業(1)

 中級生からは担当の教師が変わる。シユリやデジトアくらいの若い年代かウェファくらいの初老の人ばかりで、これまでは親世代が多かったので変な感じだ。

 進級式を執り行う講堂の中、みんなが浮き立っているような、そわそわした空気感。そういえば小・中学生の頃はクラス替え発表のたびにこんな雰囲気になっていたなとも思う。……まぁ、ここではクラスなんてなくてみんな一緒に講義を受けるし、そわそわしているのも教師が変わったからというより別の理由によるものなのだろうけれど。


 そうして式が終わると、離れていた席からラティラが近づいてきた。このあとは恒例の交流会があるので、陽だまり部屋へ移動するのだ。


「選択講義でなにを取るのか、お二人は決めていますか?」


 歩きながらカフィナがそんな質問をしてくる。わたしとラティラは同時に頷いた。


「ええ、文学を取るつもりです」

「わたしは手芸にしようと思っています」


 わたしたちだけでなく、そこかしこで同じような話をしているのが聞こえる。楽しそうだなと思っていると、両隣から「あら」「えっ」と声が降ってきた。


「手芸、ですか?」

「意外ですね。ラティラ様と同じように、文芸一択だと思っていました」

「え、へへ……」


 わたしもそのつもりでした、とは言えずに誤魔化し笑いをする。

 これまではマカベに必須の教養として音楽と絵画――男の子は舞踊――だけを学んできたが、中級生では、たしなみとして他の芸術も学ぶのだ。求められる水準は高くないけれど、学んだことを音楽や絵画に生かすこともできるし、必須芸術が得意でない人はそちらを仕事で使うようになるという。


「ええと、カフィナ様はどうなのですか?」


 二人の反応からもわかるように音楽好きは文学を取ることが多い。というのも、文学の講義には詩歌が含まれるからだ。わたしも木立の舎で詩歌を教えているシユリからそのことを聞いていたので知っていたし、二人とも文学を取るのだろうなと予想していた。

 が、先ほどの言いかたではカフィナは違うのだろうか。


「勿論、文学を取りたいと思っていたのですけれど……実は、木細工や金細工も気になっていまして」

「……細工」

「……わたくしからすれば、お二人とも意外です」


 ラティラは心底驚いているようで、綺麗な薄青の瞳をまん丸にさせていた。彼女にしてみれば、音楽に関わらない芸術をわざわざ学ぶことなど考えられないのだろう。相変わらずだと笑いつつも続きを聞くべくカフィナに向き直ると、彼女ははにかみながらこう言った。


「わたくし、自分でも楽器を作ってみたいのです」

「え、楽器……ですか? あれ。楽器って、ヨナが作るのではありませんでしたか?」


 芸術品ではない物を作るのはヨナの仕事だ。どのように線引きされているのかはわからないが、楽器は芸術品の部類には入っていなかったはずである。しかし、不思議に思っていたわたしとは違い、ラティラはなにやら納得したようだ。


「そういうことですか」

「えぇ。構造を知ることもまた、音楽の深い理解に繋がるかなと思ったので」

「カフィナ様らしいですね」

「ふふっ。……レイン様、物作りはヨナの領分ですけれど、たとえば新しく服が欲しいとき、どうしますか?」

「ええと……お母様やお姉様に、ヨナへ依頼を出してもらいます」


 これでも身長は伸びているし、そもそも同じ服ばかり着ているのは美しくないと言われるので、年に何度かは新しい服やツスギエ布を作ってもらっている。ヨナの作るものが必要になれば、担当の文官を通して手配してもらうのだ。


「その依頼を出すためには型の指示が必要でしょう? その型は――」

「あ……設計師、ということですか」


 そういうことです、とカフィナがにっこり肯定した。

 設計師はその名の通り、ヨナが作りマカベが使う物の設計を仕事にしている。わたしが纏っているツスギエ布の型は、文官であるはずのトヲネが趣味で設計したものだから忘れがちだが、本来はれっきとした職業なのだ。


 扱える芸術の幅を広げ、大人になる準備をする――それが中級生のやるべきこと。

 具体的には、選択講義でたしなみの芸術を学ぶことの他に、家事で必要になる魔術・・を学ぶこと、そして志望する職業を絞ることが必要になる。だからこうして関連する芸術の講義で学べるようになっている。設計師もそのうちのひとつだ。


 ……それにしても、志望職業をもう絞らなければならないなんて。日本でいえば中学校に上がる年だと考えると、早すぎるのではと感じてしまう。成人年齢を考えればこんなものなのかもしれない、とも思うけれど。実際、カフィナはちゃんと将来のことを考えている。


 ちなみに、選択しようとしていた文芸をわたしが諦めたのは、学ぶ内容に理解できない価値観の話があったら嫌だなという情けない理由からである。そして数ある科目の中から手芸を選んだのは、日本へ帰った時に役立ちそうだと思ったからだ。

 大人のはずなのに、いや、だからこそか、わたしの精神は一向に成長しない。


 さて、陽だまり部屋に到着すると、わぁん、と演奏の音や人の話し声が耳に響いた。最上級生や上級生は進級式が短いのか、早めに来て準備をしていたらしい。


「それに、設計には頭も使うでしょう? お二人のように音楽の才に秀でているならともかく、文官になるにはそういう強みもあったほうが良いと聞きます」

「……わたくしは」

「ふふ。八の月のあいだは色々な講義を見て回れるようですし、もう少し考えてみようと思います。お二人にもまた相談させてくださいませ」


 そう言ったカフィナはすぐに自分の席を見つけたようで、去っていく。わたしとラティラもそれぞれ、陽だまり部屋の中心部に用意された席へ向かった。


「ではわたくしはここで」

「はい。今日はお互い席を離れられないでしょうから……夜灯の刻に」

「夜灯の刻に」


 告げた挨拶に同じように返してくれたラティラの、長いまつげが揺れた。

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