第104話 夢は夢のまま(2)

 ……気は進まないけれど、仕方ない。

 そんなことを思いながらお茶を口に含む。甘い香りが華やかに広がるそれはコルヴァ王国の使者が持ってきた新種の葉を使用したもので、女性を中心に流行しつつあるらしい。

 シユリの最近のお気に入りでもあり、今日の披露会では「お茶はこちらにしましょう」と真っ先に提案していた。


「どうしましたか、レイン様?」


 カフィナも甘いお茶は好みのようだ。にこにこと美味しそうに飲んでおり、しかし、ふとわたしを見て怪訝そうに首を傾げる。湯のみに添えた左手が、陽光をきらりと反射した。


「い、いえ。新しいお茶が美味しいなと」


 まさか声をかけられるとは思わず、とっさに誤魔化すわたし。が、カフィナはなにかを察したようで自身の青いきらめきに目を向けながら息を吐いた。


「……まだ腕のことを気にしているのですか? わたくし、気にされるほうが哀しいのですけれど」


 そう言ってぷんぷん拗ねたようにむくれる。もともとマカベにしては反応の大きい子だったけれど、今年に入ってからさらに感情が豊かになった気がする。

 とにもかくにも、内心で考えていたことに気づかれていたわけではなさそうで、ほっとする。勘違いさせてしまったという意味も込めて、わたしは「ごめんなさい」と謝った。


「あはは、それもあるだろうけれど、違うだろう?」


 これで流してほしかったのに、隣に座るバンルがそう笑い声を上げる。見上げると、彼はおかしそうに目を細めた。さらにその隣で「えぇそうですね」とシユリが、向かいではルシヴが頷いている。


「最近のそなたは本当に、心ここにあらずといった様子だからな」

「またマクニ・オアモルヘの練習方法について考えていたのでしょう、レイン。指が動いていますよ」

「あ、はは……」


 あの「おもてなし」を終えてから、脇目も振らず――あえて言うならば、病的なほどにマクニ・オアモルへの練習をするようになったわたしを、兄姉たちは知っている。その理由までは知らないはずだが、どことなく気を遣われていることは感じていた。おそらく、わたしがヒィリカを避けていることにも気づいているのだろう。


「まぁ、レイン様。木立こだちおくではまだ挑戦しないご様子でしたのに。わたくしも頑張らなくてはいけませんね……!」


 やる気を見せるラティラにみんながクスクス笑う。わたしも、少しだけ。


 ここは我が家の陽だまり部屋だ。今いるのはわたしと、シユリたち兄姉と、ラティラと、カフィナ。わたしが気兼ねなく話すことのできる人たちだけの、小規模な披露会だった。

 ルシヴ曰く「心ここにあらず」なわたしを見かねて、仲の良い友達枠である二人をシユリが呼んでくれたのだ。ラティラはもともとこちらへ来るつもりだったらしく、スダの土地に住んでいるにもかかわらず、二つ返事で了承したそうな。


 この顔ぶれだと、話題は当然、音楽一択だ。今回はむしろ、シユリやバンルが積極的に流れを音楽に持っていっているようにも思えた。あまり余計なことを考えたくないわたしは、彼らの気遣いに救われている。


 勿論それは優しさからでもあるが、マカベの娘として、もっと交流を大事にするようにという意味もあるのだろう。この家に置いてもらっている以上、その思いを無下にすることもできない。

 だからわたしは、自分の望みと折り合いをつけるための案を思いついた。どうせ披露会に駆り出されるのなら、マクニ・オアモルヘについての情報収集をしようと考えたのだ。マカベと関わるのは気が進まないが、情報を集めるにはちょうど良い。


 いくらヒィリカに聞くのが一番近道だとわかっていようと、今のわたしには、彼女と芸術の話をできる気がしなかった。平然と他者を殺めるような発言を聞いたら、今度こそ自分がどうなってしまうかわからない。

 それはきっと、ここにいるみんなもヒィリカと同じ価値観を持っているのだろうけれど、わたしがこの目で見たかどうかが大きかった。

 ……本当に、連れて行かれたのがデリの土地だったのは不幸中の幸いだ。ジオの土地であの光景を見せられていたら、ほとんどの披露会への参加をためらっていただろうから。




 そうして、木立の舎が始まる時期になるまで、わたしはシユリから教育を受けたり、マクニ・オアモルへの練習をしたり、披露会に参加したりして過ごした。

 演奏技術の向上具合はともかく、情報収集の甲斐はあったと思う。大人たちから話を聞いているうち、見落としていたとある事実に気づいたのだ。詳しく調べたいので、早く木立の舎が始まらないものかと気が急く。


 ちなみに、夢見は相変わらず悪いまま。

 どうにも眠りなおすことが難しく、夜灯よるあかりから朝灯あさあかりにかけては起きていることも多かったが、朝食に食べるルルロンのおかげか、体調を崩すことは一度もなかった。


「キッハは……できているな。では行くぞ」

「はい、ルシヴお兄様」


 七の月、六の週。わたしは薄桃色の羽を広げマクニオスの木に向けて飛び立つ。中級生の始まりだ。

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