第93話 聖地としてのマクニオス(2)
挨拶が終わると会談の始まりだ。大きな卓に、マクニオスとコルヴァ王国が向かい合うようにして座る。
商人らは同じ席に着くことにひどく恐縮していた。マクニオスは勿論、使者であるファツナーにも畏れ多いと感じているようだったので、両者のあいだにははっきりとした身分差があるのだろう。ファツナーも居心地が悪そうにしている。
土地としての序列があるとはいえ、マクニオスには身分やそれに準ずるものがない。
考えてみれば不思議な話である。日本にも身分はないけれど、先輩と後輩、上司と部下、といった上下関係は存在していた。マクニオスではそういった感覚すら希薄だ。
相手を立て、丁寧に接することは求められるが、自らがへりくだることはない。それは誰に対しても――土地の代表者である木立の者に対しても同じである。優秀な人間に対する尊敬の念が集まることがあっても、そこに貴賤は発生しないのだ。
会談は基本的にジオ・クストとジオ・サアレが話題を振っていて、使者がそれに答えていく。
内容の多くは他国の情勢や技術の進歩についてだ。コルヴァ王国側もそういった質問があることはわかっていて、答えによどみはない。また話に関係する品々を商人が紹介してくれる。
ちなみに土の国の話もあるかなと注意深く聞いていたが、出てこなかった。わたしは国名すら知らないので、確かではないけれど。
「今回はいないようだが、大きな技術革命があれば、技術者を連れてくることもあるのだ」
小声でルシヴが説明してくれる。彼は耕作機の技術者を見たことがあるそうだ。
「そうなんですね。そういうのはヨナに伝えてもらうのでしょうか」
「あぁ。ヨナはそこからさらに発展させることができる。だからマクニオスの技術は他国の追随を許さない」
自然を愛するということは、自然を深く見つめているということだ。そこには自然の仕組みについての理解も含まれる。
芸術を突き詰めるマカベと同じようにヨナが自然を解明しているとすれば、技術の発展も当然のこと。
誇らしげに笑うルシヴにマクニオスへの愛を感じ、わたしは自然に微笑みを返していた。
マクニオスからはマカベが作った魔道具やヨナが作った装飾品などが渡される。
数日前、いくつかの魔道具を見せてもらったが、確かにマカベが使うものとしては出来が悪いように感じた。そういうものは序列四位の土地にすら回されないのだ。
おそらく来年以降、わたしが講義で作る魔道具もこれらと同じ運命を辿ることになるのだろう。少し恥ずかしい。
空気が変わったのは会談も終盤に差し掛かったころのこと。
きっかけは、ファツナーの、言いにくそうに告げられたある国に関する報告だった。
「ほう……それは宣戦布告ということか」
シルカルの静かな呟きに、部屋の気温が下がったように錯覚する。
いや、それだけではない。ヒィリカも、ルシヴも、ほかのマカベやヨナたちも、皆が冷たい笑みを浮かべている。
コルヴァ王国は悪くないはずなのに、彼らはまるで自分たちが怒られているかのように頭を下げた。
「我々の目が行き届かず、大変申し訳ないことでございます」
「そなたらに向けているわけではない」
ジオ・クストがひらりと手を振ると、張り詰めていた空気がわずかに緩む。それでも緊張感は漂ったままで、なんだか息をするのもはばかられた。
ファツナーが報告したのは、とある国がマクニオスへ進軍する準備をしているという情報。それも一国ではなく、数か国による連合軍で、という話である。ここにきてまさかの穏やかではない話に、当然わたしは焦った。
しかし焦っているのはひとりだけで、ほかの皆はただ怒りを覚えているだけのようだ。マクニオスに備えがあるようには思えないのに、この余裕はいったいどこからきているのだろうか。
……というより、冷たい笑顔が怖すぎる。
「首謀者の情報を」
「心得ております。こちらです」
ジオ・クストたち四人は、それぞれ渡された書類に目を通していく。途中でシルカルがワイムッフを出し、なにかを書いて飛ばしていた。
分裂した鳥が三方向に飛び立っていったので、おそらくほかの土地のマカベに知らせたのだろう。
商人がぎょっとしたように光る鳥が飛んでいったほうを見ていた。気持ちはわかる。
それからいくつかの確認を終えて、会談はお開きとなった。
このあとは夕食が控えているようだが、あの重い空気にコルヴァ王国の使者たちが押しつぶされてしまわないか心配だ。まぁ、そのあたりはジオ・サアレが上手くやるのかもしれないけれど。
すでに人好きのする笑みを浮かべてファツナーを労っている彼の姿を横目に、わたしは部屋を出た。
……これから、どうなるのだろう。そんな、漠然とした不安に揺られながら。
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