第92話 聖地としてのマクニオス(1)

 ジオの土地に戻ってきたわたしは、ひたすらマクニ・オアモルヘの練習に打ち込んでいた。

 勿論マカベの娘としての勉強はしっかりしている――というより、音楽会のわたしに歓喜したシユリがわたしの教育に張り切りだしたというのが正しいか――ので苦言を呈されることもない。

 もっとも、わたしが音楽に入れ込んでいるのはもとからなので、単純に今更と思われているだけかもしれないが。


 ヒィリカからは自分でも招待するようにと言われ、彼女が主催する披露会を手伝うような形で参加することも増えた。

 わたし自身が招待されることも多いし、けっこう忙しい日々だ。


 披露会だけでなく、去年と同じようにシルカルの職場にも何度か足を運んでいた。

 本日もその職場見学で、実は少しだけ楽しみにしていた日でもある。というのも、マクニオスの外から使者が訪れるらしいのだ。


 言わずもがな、マクニオスはこの世界を創造した四柱の古代神と、その神々が生み出した多くの神さまがいる場所である。地球にあるような神話的な話ではなく、文字通りこの世界を創った神さまだ。

 つまり、世界中の人々が古代神を中心とした神々を信仰している。これは神殿で聞いた通り。

 が、わたしはその先を理解していなかった。

 創造神。最高神ともいえるような神さまのいる場所。

 マクニオスは聖地として認識されているらしい。

 話を聞く限り、今回の使者訪問も、外交というより巡礼という意味合いのほうが強そうだ。


 ――ただし、やってくるのはマクニオス側が選んだ国だけ。


 そもそもマクニオスは広大な砂漠に囲まれている。

 どのような移動手段があるのか知らないが、かなりの日数がかかるのだ。それも補給地点もない砂漠の中を進まなくてはならないのだから、普通に訪れようとするのは無謀というものである。

 そこで使われるのが神の道。各土地の神殿から世界中に存在する「神に近い場所」に繋げることで短時間での移動を可能にする。


 こういったよその国との交流について、マクニオスとしても砂漠の外にある国々の動向は把握しておきたいし、マクニオスの発展した魔法や技術を見せることで聖地としての威厳を保つ役割もあるようだ。

 ……いや、はっきりそうと聞いたわけではないけれど、子供たちが作成した、あまり品質の良くない魔道具や装飾品を「神聖なるもの」として流したり、魔力を融通したりするというのだから、多分そういうことだと思う。

 案外らしいこともしているのだなと、わたしは妙なところで感心した。


 効果はしっかり出ているのだろう。

 神の道を繋ぐことを許されているのは神殿の者のみで、完全にマクニオスの意思で交流する国を選ぶことができるのだから。




「ジオ・クスト様、コルヴァ王国第二院所属、ファツナー・ユン・エルレシッドが参りました。再びお目にかかれたこと、至極恐悦に存じます」


 ……おおう……なんだかものすごく畏まっている。


 目の前の光景にわたしは息をのんだ。美しくも派手さのない――ジオ・サアレの雰囲気はともかくとして――マクニオスの人たちのなか、自国では高位についているであろう壮年の男性が、ジオ・クストの前で、マクニオスの礼を取っていた。


 ファツナーと名乗った使者は、マクニオスの人と比べると彫りの深い顔立ちで、全体的に骨格がしっかりしているように見える。肌の色はそこまで変わらないけれど、髪色は濃い茶色だ。

 えんじ色の布地に金の刺繡が施された、軍服に似た豪奢な服。胸もとにはいくつもの勲章がついている。肩口と腰にはマカベの男性がつけるような金属飾りがあり、挨拶の動きとともに小さくシャランと鳴る。

 どこか違和感があるのは緊張しているからだろうか。普通にしていれば彼のほうが威圧感がありそうなのに、実際に威圧して見えるのはジオ・クストだというのだからおかしな話だ。まぁ、彼も威圧しているわけではないのだろうけれど。


 後ろに控えている商人と思しき人たちも、笑みを浮かべてはいるものの、ものすごく緊張しているのが伝わってくる。彼らに至っては緊張というより恐怖といったほうが正しいかもしれない。先ほどから微動だにせずびしりと背筋と伸ばして立っている。


 ……まさかマクニオスが恐れられているとは。

 確かに笑顔の裏でなにを考えているのかわからないところはあるけれど、マカベは芸術好きの穏やかな民族だし、ヨナも感情表現は激しいが自然を愛する大らかな民族だ。

 どちらも神のために生きているわけだから、もしかすると畏怖からきた恐怖心なのかもしれないが。


 コルヴァ王国というのは古くからマクニオスと交流のある国で、距離は遠いけれど同じ大陸上にあるらしい。海に面していて、ほかの大陸から輸入した品々を大陸中に流すことで栄えてきた貿易大国だ。


「あれ。そういえばあの使者のかた、ずいぶん流暢に話していますね」


 わたしはもう、マクニオスの言葉を日本語を通すことなく理解できるようになっている。だからファツナーの言葉に少しの訛もないことに気づいた。

 砂漠周辺の比較的近い国ならば言葉も似ているかもしれないが、さらに離れた、それもほかの大陸と交流があるような国ではそういうこともないだろう。少なくとも訛はあるはずで、交流が多いといっても年に一度あるかないかという頻度でしか使わないはずの言葉を完璧にしておくというのは大変に違いない。

 が、隣に座っていたヒィリカが怪訝そうにこちらを見てくる。


「なにを言っているのですか。流暢に話せて当然ではありませんか」


 ……ああ、失念していた。マクニオスは美しさを重視する土地。美しい言葉を話せない人を迎えるわけがないのだ。


「そ、そうですね」


 こういうところが恐れられる所以なのかな、とわたしは納得したのであった。

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