第91話 初中級生の音楽会(5)

 ラティラやカフィナの家族とも話した。実は三人とも末っ子だ。わたしには二つ年上のルシヴがいるけれど、二人の兄姉はみんな成人済。ものすごく可愛がられていて面白かった。

 傍から見ればわたしもそうなのだろうか。二人の兄はともかく、シユリに可愛がられている自覚はある。


 シルカルとヒィリカにも魔力による照明について聞かれる。

 やはり魔力をあのように演出として使うことは普通ではなかったようだ。


 魔力を使って演奏をしたのなら、それは神のための芸術マクァヌゥゼだ。つまり魔法。成人の儀でツスギエ布が光るのも魔法によるものだという。

 けれどわたしのは違う。演奏とは別に魔力を動かし、なんならフェリユーリャで強めていたのだ。演奏曲がマクァヌゥゼであれば、魔法を二重で使えていた可能性もあるとシルカルは言った。


「スダ・サアレのディル・マクニ・トウェッハを見たのであろう? 究極、魔法を重ねるというのはああいうことなのだが」


 まさかと思った。どうしたとしても、かの素晴らしき芸術と同列には考えられない。しかしシルカルが言うのなら、あの感覚を突き詰めていけば、辿り着けるのかもしれないと理解はする。

 悪いことではないようだが、知らずとんでもないことをしてしまっていたようだ。

 それにしても、とわたしは考える。


 ――フェリユーリャ。

 いちばん最後に盛り上がるところ。陽だまり部屋いっぱいにはじけ飛んだ、色とりどりの魔力の光。

 三人のハーモニーに華やかさはなかったが、しかし確かな響きであの場を満たした。

 星降る夜。思いが伝わるように。


 花火にも似た光は、マカベの儀の日、シルカルとヒィリカが見せてくれた演奏を参考にしたものだ。わたしにはむしろあちらのほうが難しいことのように思える。


「あの曲自体にフェリユーリャに似た魔法が込められているのです」

「演奏によって夫婦が魔力を合わせ、土地に返すという、マカベの義務を表現するための曲だ。ゆえにマカベの儀で、土地を導くマカベ夫妻が披露する」


 ……一蹴された。




 音楽会最終日の夜は長いものだ。わたしは小さな身体にふさわしく眠気を感じ始めていたが、マカベの娘という立場はそれを許してくれない。

 ラティラとカフィナとはそれぞれの家族と行動するために別れ、わたしは「……ルシヴお兄様の嘘つき」とぼやきながらシルカルのあとをついていく。兄妹揃っているので当然ルシヴにも聞こえて――聞かせている。バンルに小さく笑われた。


 わざわざ子供たちを連れてシルカルが挨拶に向かったのは、今年から新しく変わったアグ・マカベ夫妻のところだった。

 アグ・マカベはシルカルと同年代で、やはり真面目そうだが、シルカルやデジトアとそれとはまた違った静かで穏やかな雰囲気の男性だ。褪せた紅色の瞳がその印象を強めている。

 彼の妻はニンニと名乗った。濃い赤色の瞳と血色の良い唇はアグ・マカベとは対照的で、性格にも気の強さが窺える。


「あら、そういえば彼女が気立子だったかしら」


 兄妹全員が挨拶を終えると、改めてといった様子でニンニがわたしを見つめる。上から下まで、観察されるような視線だ。こういうあからさまなのは久しぶりだと思いながら笑顔で受け止めた。


「そうだ。ジオの泉にて迎えた」

「土の国からいらしたのでしょう? 不思議ね」

「神さまはそうおっしゃいましたが、わたしはここへ来るまでのことを覚えていないのです」

「そうでしたか。……いえ、珍しい髪色だと思って」


 彼女は土の国に詳しいのだろうか。だとしたら仲良くなっておいたほうが良いのかもしれない。……いや。

 美しく弧を描いた唇を見て、わたしはもう少し慎重になる。珍しい髪色というのは金髪や銀髪の多いマクニオスにおいてだと解釈できるが、土の国では、ともとれる。怪しまれている可能性もあるのだ。

 判断できないうちは余計なことをしないでおこうと決心していると、ふとあるものが目に入った。


 ゆるりと首を傾げるニンニの動作に合わせて、彼女が身に着けている装飾品が揺れる。

 家の木についている丸いオーナメント。あれを小さくしたような飾りだ。首や腕だけでなく、ツスギエ布の留め具としても使っている。そういう人はたまに見るけれど、ここまでたくさん着けている人をわたしは初めて見た。

 気になって見ていると、視線に気づいたらしいニンニが胸もとのそれに触れる。


「精霊に興味がおありで?」

「……レイン」


 小声でシユリに注意されて、わたしはすぐ「失礼いたしました」と不躾な視線を送ってしまったことを謝る。最初に向けてきたのはニンニのほうだが、気立子に向けるものとしてはある意味普通なので特に気にしていない。


 それから二言三言交わしてその場を離れる。

 アグ・マカベたちが完全に見えなくなったころ、シルカルが小さく小さく息を吐いた。溜め息をつくときは「ハァ」とわかりやすくするのに珍しいと思って見上げると、そこにはなんだか疲れたような無表情があった。目が合うと、なんでもないというふうに首を振られ、いつもの完璧な無表情に戻る。

 わたしはなぜか、新年の儀でのヒィリカの表情を思い出した。

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