第90話 初中級生の音楽会(4)

「素晴らしかったです、レイン!」

「シユリお姉様」


 音楽会の終了後、交流会を兼ねた夕食会の会場に向かうと、すぐにシユリが寄ってきた。満面の笑みで、わたしと、一緒に来ていたラティラやカフィナを褒めてくれる。


「曲も、演奏も、演出も。とても上手でしたし、三人らしさがよく出ていたと思います。わたくし、本当に感動してしまいました。レインもそうですけれど、カフィナ様も夏から上達しましたね。両利きのようにされていたので驚きましたよ」

「シユリ先生に褒めていただけるなんて、嬉しいです」


 カフィナが青く光る左腕を嬉しそうに撫でた。

 わたしが魔力を照明代わりにする練習をしていたように、彼女も左手を器用に使いこなせるよう練習に励んでいた。そのおかげであの演出ができたのだ。


「ラティラ様のお歌には震えましたわ。レインが虜になるのもわかります」

「ありがとうございます。……わたくしはそのレイン様の虜ですけれど。彼女の作った曲を一緒に演奏できて幸せです」

「ふふ、共感いたします」


 日頃から音楽の話に食いつきやすいわたしやヒィリカの相手をしているだけあって、シユリはこの手の話題に強い。いくつか音楽の話で盛り上がっていたところで、しかし、彼女はなにかに気づいて声を上げる。


「――いけません。あのように新しい演奏をしたのですもの、あなたたちと話したいかたがたくさんいらっしゃるでしょう。またジオの土地の披露会でお話しましょう。ラティラ様も是非いらしてくださいね」


 そう言ってほかの舎生に話しかけにいくシユリ。今日はマカベの子としてではなく教師として動くようだ。それも当然か。


 初めから立食式であったが、壁ぎわには落ち着いて食事ができるような卓が並んでいる。基本的には新成人である最上級生が優先されるものであり、当然彼らと話をしたい人が多いので、初中級生のわたしはいつもより自由に食事ができると思っていた。

 実際ルシヴも「マカベの子でも、音楽会の日は下級生だとあまり話しかけられない。じっくり会話の練習をする良い機会だ」と言っていた。

 けれど今のシユリの言いかたは違った気がする。それに――


「新しい演奏、ですか……?」


 彼女の残した言葉がよくわからず、わたしは首を傾げた。カフィナも不思議そうに同意する。


「レイン様の曲が珍しいことをご存知のかたは多くても、実際に聞くのは今回が初めてのかたばかりだったから、でしょうか……」

「それはあるかもしれません。けれど、シユリお姉様も驚いていましたし……。わたし、なにか変なことしました?」

「……もしかしたら、魔力の光が珍しかったのではありませんか?」

「え? ほかの人も光らせていましたよね。最上級生のなかには、わたしと同じようにツスギエ布から溢れさせている人もいたはずです」


 そう。さすがに魔力を飛ばすのは目立つかなとも考えていた。しかし成人の儀はツスギエ布を光らせるものだと聞いていたので、問題ないと判断したのだ。溢れさせている人もいたのだから、目立ってしまうかもだなんて自意識過剰だったなと思ったほどだ。

 ……まぁ確かに初中級生でそこまでした子はいなかったから、新しく見えたのかもしれない。

 うーん、と考えていると、つかつかとこちらへ歩いてくる人が見えた。見た目だけならず、歩きかたすら美しいのでやたらと目立つ。


「デリ・サアレ」


 カフィナが初対面だったようで挨拶をして、それからデリ・サアレは改めてこちらを向いた。


「色気がないと言ったのは撤回する」

「え」


 反射的に変な声が出たが、ちゃんと覚えている。わざわざ去年の言葉を訂正しにきてくれたらしい。律儀な人だ。


「そなたらには音楽の才があるな。これからも期待している」


 それだけを言いたかったようで、彼はすぐに去ってしまう。残されたわたしに両隣から「説明を」と言わんばかりの笑顔が向けられて、デリ・サアレから聞いた音楽会のあとのことを話すと、二人は「インダ様たちですね」とすぐに納得していた。


 ……まだ十一歳なのだから、別に色気がなくたって良いのだけど。


 デリ・サアレと入れ違いでジオ・サアレもやってきた。

 今度はわたしとカフィナが初対面の挨拶をする。遠巻きには何度も見たことがあるけれど、話すのは初めてなのだ。


「デリ・サアレと話していたから来てみたけど、彼はすぐに行ってしまったみたいだ」

「顔見知りだったので、声をかけてくださっただけなのです」

「あぁ、君の父親と本当によく似ているよね」


 眩しい笑顔が目に痛い。ついでに周囲から向けられる視線も痛い。好きでサアレに話しかけられているわけではないというのに。

 失礼にならないよう笑顔で対応してはいるけれど、早く話が終わらないかなと思ってしまう。


 が、こういう願いというのは叶わないものだ。


「そうそう。すごく良い演奏だったよ、小さな女性たち。星降る夜の演出は、まるで恋人たちの逢瀬のよう――」


 よくわからないスイッチが入ってしまった。

 一瞬、詩的表現の会話が始まったかと思ったが、そうではない。ただわたしたちの演奏を過剰に褒めているだけだ。どう反応したら良いのかわからず、とりあえず笑顔で頷いておく。長い。


「――またあの空の下、君たちと会えるのを楽しみにしているよ」


 そう言って片目を瞑る。歯の浮くような台詞と仕草が似合ってしまうジオ・サアレが怖い。


 しかしわたしは不本意ながら理解した。シユリが「新しい」と言ったのは、ただ魔力を光らせたことに対してではなく、曲に合わせた照明として、演出として使ったことに対してだったのだ。

 二人は喜んで受け入れてくれたが、そういえば最初は驚いていた。


 わたしの推測は当たり――というよりシユリが言った通り、ジオ・サアレが去ってからは、たくさんの人に演出について聞かれることとなる。

 カフィナはともかく、ラティラはこうなることを予想していたのではなかろうか。涼しい顔で受け答えしている彼女を見て、なんとなくだけれど、そう思った。

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