第89話 初中級生の音楽会(3)
練習よりも少し遠い位置。緊張と期待のあいだにいるようなラティラとカフィナの表情。わたしはクスリと小さく笑う。ラティラまでこういう表情をするのは珍しい気がした。
演奏曲の最初の和音。ポロロン、と溢すように弾いてみる。
ハッとこちらを向いた視線に笑みを返せば、それだけで二人の表情から硬さが消えた。
……よし、大丈夫。
わたしも自分に言い聞かせる。
今、自分が使える感性すべてを使った。自分が出せる技術をすべて注ぎ込んだ。
カフィナにお願いされて作った曲。この三人が演奏するための曲。
彼女は、魔法石になってしまった、薄青色に光る自分の腕を綺麗だと言った。ラティラも自分の瞳と同じ色のそれを慈しむように見ている。だからわたしは、この色を活かそうと思った。
鍵盤に置いた手にかかるツスギエ布は濃紺。下に着ている白い服が見えないくらい幾重にも重ねられている。スカート部分にはドレスのようなボリュームもあり、ところどころから金色と銀色が覗いていた。
離れたところに座る二人も濃紺のツスギエ布を纏っている。見える明色は控えめだ。代わりに、それぞれが持つ淡い青色がよく映える。
彼女たちに任せた衣装は、まさしく静謐な夜の星空を表していた。
穏やかなピアノが奏でる夜の始まりに、カフィナの竪琴が流れるような旋律を乗せる。利き腕ではない左手による演奏。その動きが流れ星のように光の軌跡を描く。
祈るようなラティラの静かな歌声が、しかし倍音を含んでよく響く。甘いハープの音が愛を伝えるように鳴る。
わたしも歌を重ねる。たびたび「真っ直ぐな声」と評されるわたしの声は、なににでも馴染む。
だから見せることができる。不安と歓喜のはざまで揺れ動く心のような。寄せては返す波のような。またあるいは、都会の喧騒のような。
――誰もが持ち得る「なにか」を。
あいだに挟む、語りに近い歌は情感たっぷりで、特にラティラの表現力でもってうたわれるそれには瞬時に曲の世界へと引き込まれる。一緒に演奏していても惹かれるのだ。観客は言うまでもないだろう。でなければ困る。
……そうなるように、作ったのだから。
去年の音楽会の最後、ラティラの演奏に触発された部分もあると思う。それでも明確に違うのは、想いが一方通行ではないという点。
無数の人間のなかにいる、
複雑な想いの形は、ただ二人がいるだけでは作られない。たくさんの人との出会いや思い出があって、二人は二人になるのだ。そういう気持ちを込めて作った歌。
深い心は
遠い記憶は誰のもの
流れる星の語りに相槌を
滴る月の涙に口づけを――
すぐに光り始めるツスギエ布。わたしは意識してさらに魔力を広げていく。ぽわんと飛び出た光が、瞬く星のように明滅しながら舞台上を、客席を飛び回る。
星空を見上げるように、わたしたちは一斉に顔を上げた。複雑に編み込まれた髪に被せられた濃紺のヴェールが揺れる。なにやらわたしたち三人がお揃いの物を着けることにこだわっていたシエネの力作だ。
そのヴェールが、わたしの魔力を受けて凛と光る。
演奏中におけるわたしの重要な役割は照明係である。せっかく苦労して魔力の色を変えられるようになったので有効活用してみた。二人も驚きつつ喜色満面に賛成してくれたのだ。
が、正直この練習が一番大変だった。
自作の曲だからといって、簡単に演奏できるというわけではない。その上で苦手な色変化をしながら魔力を動かすのだ。自室にいるときは片手間にでも、とにかく魔力を扱うことに慣れるよう練習をしていた。ちなみにカフィナには「使う魔力が多すぎて、レイン様でなければできない練習方法ですね」と遠い目をされた。
それでも提案して良かったと思っている。演出がぴたりとはまったときの快感は、音だけで得られるものではないのだ。
曲の流れに合わせて色を変化させ、独奏のときはスポットライトのごとく頭上から照らす。
……楽しいな。
心の底から思う。わたしがやりたいことを、一緒に楽しんでくれる子たちと仲良くなれて。
カフィナだけになるところ。甘やかな高音がよく伸びて、そして、ふつりと消える。
息を吐いて、吸って。ありったけの魔力をかき集めて。
心のなかで唱える。
――フェリユーリャ。
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