第88話 初中級生の音楽会(2)

「緑色の部分が舎生の席です。演奏順になっていますから、できるだけ同じ組で移動してください」


 ……さすがに広いな。

 ウェファの説明を聞きながら、わたしは感心しながらその景色を見ていた。

 たとえこれが木の内部にある部屋だとしても、もうこれくらいでは驚かない。それでもやはり、広いと思う。


 神殿の儀式場に似た円形劇場。それがマクニオスでいちばん大きな陽だまり部屋だ。初日の交流会で使われる陽だまり部屋がコンサートホールだとしたら、ここはちょっとしたドームくらいはあるだろうか。

 なだらかなすり鉢状で、階段というには幅広い段に並ぶ大きめの卓。普通の陽だまり部屋とは違い、周囲の壁だけでなくところどころに低木が生えていた。その枝に掛けられたリースは講堂にもあるスピーカーの魔道具だろう。この広さで壁掛けだけというのは確かに足りなさそうだ。

 床には豪奢な絨毯が敷かれている。中ほどにある出入り口を境に、下部は深い緑色、上部はそれぞれの方角に対応した土地の色が使われていた。


 さっそく席のほうへ下りる。ゆっくり歩きながらちらりと後ろを振り返ると、かなり高いところまで席が用意されているのがわかった。ぽつぽつと大人たちも集まってきているようだ。ジオの土地のほうを探してみても、知り合いがいるかどうかまでは見えなかったけれど。


 演奏順の席は、内側になるほど後ろの出番となっているらしい。わたしたちの出番は最後の週だ。かなり前のほうで見ることができる。技量も考慮されているのか、終盤どころか、四週間のうち後半に演奏する初中級生はわたしたちだけだった。


「あ、ここですね」


 この辺りかと見当をつけていたところで、卓に取り付けられている小さな灯の魔道具が三人のクトィに反応して光った。とても便利だ。

 周囲との身長差に視線が集まる。が、わたしたちは三人が三人とも視線には慣れているので微笑みを返すだけである。


 中心にある切り株の舞台も、会場に合ったそれなりの大きさだ。三人でめいいっぱい広がるには大きすぎる。わたしたちは改めて演奏位置について話し合いながら、ふとざわめきが聞こえてきたことに気づいてそちらを見た。


「……あら」


 金や銀のマントを羽織った、ひどく存在感のある八人の男性。神殿の代表者。

 前を歩く四人のなかには一度だけ見たことがあるジオ・クスト、後ろの四人のうち三人はわたしもよく知るサアレたちだ。

 ……ということは、彼がアグ・サアレ。

 今日も華やかな笑みで女の子たちの視線を集めているジオ・サアレの隣で、にこやかに話している銀髪の青年がそうらしい。二人が並んでいても見劣りすることない美貌の持ち主ではあるが、いかにも見た目は普通の人、といったスダ・サアレのほうが目立つと思ってしまうのはあの芸術を思い出すからか。

 そのスダ・サアレはデリ・サアレと並び悠然と歩いている。そちらには会話がないようだが、流れる穏やかな雰囲気からは仲の良さが感じられた。




 かくして音楽会は始まった。

 必ずしも年嵩の者が上手というわけでもなく、むしろ音楽を専門としない職に就くことが決まっている上級生や最上級生が、音楽の練習をおろそかにすることもあるらしい。

 さすがに初日は初中級生や中級生が占めていたけれど、二日目以降は上級生たちの姿も混じるようになった。


 ……そういえば、啓太ってギターを持っていたはず。弾いているところは見たことないのだけれど。


 頬を染め、見つめ合いながらうたう二人の男女。そのツスギエ布が魔力を含んで広がる。優しく舞台を照らす光がとても幻想的だ。進行担当の教師が最上級生と紹介していた。後方から聞こえてくる感嘆の声は演奏者の成人を祝うものなのだろう。

 しかしわたしは、まったく別のことを考えていた。恋人なのだとわかるような甘い演奏。それに微笑ましい気持ちになりながら、日本にいる彼のことを。


 ……こういうの、良いな。日本に帰ったら一緒に演奏しようって、お願いしてみよう。

 音楽自体は好きだから拒否はされないはずだ。もし、ただ買ってみただけで弾けないのなら、わたしが教えてあげれば良い。ふふ、と零れた声はちょうど演奏が終わった拍手で掻き消える。帰る楽しみが増えた。


 三週目の終わりにはルシヴの出番があった。中上級生から上級生の男子四人組だ。仲の良い友人どうしで組んだらしい。


「レイン様のお兄様はバンル様の印象が強いのですけれど、彼もお上手ですね」

「そうなのです。それに魅せかたも素晴らしいでしょう? 舞踊が得意なので、身体の使いかたが美しくて。わたしたちの演奏も少し参考にしています」

「これだけ広いのにすぐ近くで見ているように感じられますもの。保護者のかたたちも楽しそうです」


 ルシヴだけでなく、いかにもみんな舞踊が得意そうな雰囲気だ。成長期を迎えた少年たちの身体つきはしなやかで、アクゥギの形は違えど、動きがびしりと揃っている。跳ねるようでありながらも力強い歌声、そしてシャンと響く金属音が空間を支配するようにこだまする。

 明るい曲調も手伝って、カフィナの言う通り、陽だまり部屋全体が楽しい気持ちに包まれていた。

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