第87話 初中級生の音楽会(1)
一の月も後半に差し掛かると、講義はマクニ・オアモルヘの練習より音楽会の準備が中心になっていく。
なにせ、去年のとは違い四週間にも渡って開催される大規模な音楽会だ。最上級生にとっては成人の儀も兼ねているというそれは木立の舎においてもっとも重要視されている。
高難易度のマクァヌゥゼを扱うマクニ・オアモルヘの練習は、完成させるためというよりも早い段階で触れさせておくため、という意味合いのほうが強いのだろう。それよりも初めて大勢の前で演奏を披露することになる初中級生が失敗しないようにと考えられるのは自然なことか。準備にも熱が入る。
わたしもラティラとカフィナと三人で演奏するための曲を完成させていた。すでに二人からは了承をもらっていて、楽譜も提出済だ。
本番まではできるだけお楽しみにしておきたいわたしの提案により、今年も森の中で練習を行う。やわらかな木漏れ日が射し込む大木の下、わたしたちは真剣に、かつ楽しみながら演奏を仕上げていく。
「この部分はカフィナ様のアクゥギだけにするほうが良いのではありませんか?」
「そうですね。わたくしが伸ばして余韻を作りつつ、改めて三人の歌を入れると盛り上がりそうです」
わたしが作曲しているところを見ることが多い二人は、もともと感性が優れていることもあり同年代と比べると圧倒的に作曲に慣れていた。音楽技術の向上に余念がない彼女たちの姿に、わたしも嬉しく思いながらその意見を取り入れる。
「お二人が座って演奏することを考えると、わたしはこの辺が良いでしょうか」
「そうですね……レイン様の役割もありますし、もう少し離れても美しいかもしれません」
「わかりました」
「せっかくですから舞台いっぱい使ってしまいましょう」
マカベは芸術を「見せる」ということを強く意識する。それは神のため、美しさを求めての結果であることは想像に難くない。
それなりに人前で演奏してきたわたしにもその感覚はよくわかる。視覚が与える印象は馬鹿にできない。いくら曲が良くても、演奏が上手でも、空気感を大事にできない演奏は聞いていてつまらないのだ。
小さなころからここマクニオスで上質な演奏に触れてきたであろうラティラとカフィナもそこをよく理解していた。
――していた、はずだった。
「もうっ! なにも考えていないって、どういうことですの?」
「……仕方ありません。ここはわたくしたちが三人にふさわしい布を考えましょう」
課題のために講堂へ来ていたわたしたちの前で、似たような呆れ顔をして溜め息をついているのはスィッカとシエネだ。二人は今、わたしたちの演奏以外の準備不足について、ひどく憤慨している。
きっかけは、単なる挨拶から始まったシエネとの些細な会話だった。
「お久しぶりですね」
「シエネ様、お久しぶりです」
「外で練習していたのですか?」
「はい。お楽しみにしておきたいので」
「レイン様は去年もそうでしたね。三人の演奏、楽しみにしています」
シエネがわたしたち三人を順番に見て、にこりと笑みを深める。
「それから、どのようなツスギエ布を纏うのかも。こちらも当日まで内緒でしょうか?」
「え……?」
なぜツスギエ布を楽しみにされているのかわからず首を傾げると、シエネが「えっ」と不思議そうな表情でラティラとカフィナに目を向けた。そして、その笑顔が徐々に引き攣っていくのをわたしは見た。
「レイン様! あなた、また音楽のことしか考えていないのですか⁉」
「……スィッカ様」
「――っ。そっ、こ、この前は、枝葉の重なりに気づかず、その。……申し訳ありませんでしたわ」
聞き耳を立てていたのか、思わず、といった様子で話に入り込んできたスィッカが、しかしカフィナの魔力暴走の件でわたしを避けていたことを思い出して気まずそうに目を伏せる。なんとも彼女らしい謝罪に、わたしは気にしていないことを伝えるよう微笑みながらラティラたちにスィッカを紹介した。
それからは、シエネとスィッカの独壇場だった。
「どのような曲ですの? レイン様が作ったのでしょう?」
「雰囲気だけでも教えてくださいませ」
「役割があるにしても、お揃いの装飾は必要ですわ」
「手持ちのツスギエ布では足りませんね。ヨナへ頼んでもらえるようお母様に連絡しなくては……」
流行に敏感な二人はもともと交流があったらしく、次々と話が進んでいく。あれよあれよという間に纏う色や型が決まっていき、次に講堂へ向かった日には早速とばかりに試着へ連れ出された。
「……インダ様。女の子の着替えを覗くなんて野暮ですわ」
身だしなみを整えるための鏡の部屋――というものがあることをわたしは初めて知った――を押さえてくれていたスィッカが、当然のようについてこようとするインダとユヘルを嗜めるように軽く睨む。マカベにしてはわかりやすく嫌悪の滲む表情だったが、インダはなんてこともないように肩を竦めてみせた。
「着替えるときは目をつむるさ。ほら、男の視点もあったほうが良いだろう?」
「ま、まぁ……」
「それよりさ、君たちは二人に任せっぱなしで良いの? 希望があるなら言わないと」
その言葉にわたしたちは即答する。
「音楽が映えるのであればなんでも構いません」
「シエネ様たちはお洒落ですから。選んでもらえるなら嬉しいです」
「わたしもお任せします」
あー、と随分反応しにくそうなインダたちをよそに、スィッカは「もう! 無頓着すぎますわ!」とぷんぷんしていたし、シエネは「これは腕が鳴りますね」とにこにこしていた。楽しそうでなによりである。
それはそうと、鏡の魔道具の前であれやこれやと複雑な纏いかたを試す子供たちのなかで、わたしは早々に思考を放棄した。
……おかしい。わたしの頭は大学を卒業しているはずなのに、なんども繰り返される計算に混乱してしまう。この子たち、頭が良すぎると思う。
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