第84話 カフィナの回復と噂立つ披露会(3)

 次に参加したのはこの前知り合ったばかりのインダが誘ってくれた、デリのキナリたちが開催する披露会だ。上級生のキナリが中心となっていて参加者も上級生や中上級生が多かったが、インダはわたしだけでなくラティラとカフィナも誘っていた。

 三人で一緒にデリの林へ向かう途中、カフィナは色合いをお揃いにしたわたしたちのツスギエ布を順番に見ながら嬉しそうに微笑む。


「今はわたくしたちの噂が広がっていますし、インダ様はそれを払拭しようとしてくださっているのかもしれませんね」


 お見舞いのワイムッフで提案していただいたのですよ、という彼女の言葉に、わたしは少し考えた。

 ……この前はカフィナのことで気が動転して気づかなかったけれど、インダがデリのキナリで同い年ということは、デリ・サアレが言っていた「馬鹿なことを抜かす」キナリなのではなかろうか。

 今まで関わりのなかった彼が急に距離を縮めてきたのだ。なにか裏があるのかもしれないと、注意力の足りていないわたしでもさすがに気づく。


 ほかの年のキナリはさておき、少なくともデリの同い年の子たちはヨナの女の子と結婚するとシルカルは言っていた。だから変なことを言ってしまわないよう気をつけなくてはと思いながら披露会に参加した――はずだったのだけれど。

 ある意味では杞憂に終わったことになんとも言えない気持ちになる。


「レイン様があのようにお困りになっているところを、わたくし、はじめて見ました」

「もう、カフィナ様……。わたし、どんなふうに対応したら良いのかわからなくて、ひやひやしたのですよ」


 リィトゥたちとの披露会のことがあったので、また腹の探り合いがはじまるのではないかと戦々恐々としていたのだ。

 しかしインダはそれらしい話を振ってくることもなく、ただわかりやすい仕草でもって彼の気持ちを伝えてきた。わたしが知らないほかの参加者たちからも生温かい視線を向けられたくらいだ。ラティラとカフィナも勿論気づいていて、本当にいたたまれなかった。

 木立の舎にいるキナリたちはマカベと同じ格好をしているから忘れがちだが、神殿の人はマカベよりずっと人間味があるのだということを強く実感する。


 ……だけど、明らかにわたしを好いている、もしくはそう見えるように振舞っている男の子に対して、どう対応するのが正解だったのだろう。マクニオスでの恋愛のしかたなんて、知らないのだけど。


「とりあえず受け取っておけば良いのではありませんか? レイン様に味方する人が増えるのは良いことだと思います」

「そうですね! レイン様が望むなら応援もいたしますよ」


 何故か二人が楽しそうだ。計画を立てるように微笑むラティラと無邪気に両手を合わせるカフィナは可愛らしいけれど、わたしはまた面倒が増えた気がしてこっそり息を吐いた。




 それからラティラの招待で、彼女の母アイナが主催する披露会にも参加した。

 さすが序列一位のスダの土地、それもスダ・マカベの妻の主催といったところで、非の打ち所がない。わたしもこの前の夏にはジオの土地で大人が主催する披露会にも参加するようになっていたことで、格の違いがよくわかった。


 アイナは大規模な披露会の主催者として忙しく――といってもそう見せない優雅な所作で――招待した大人たちと会話をしていたが、娘の友人であるわたしやカフィナと話をする時間もとってくれていた。

 真っ直ぐな髪も、それが銀か金か判断しかねる色合いであるところも、吸い込まれるような薄青色の瞳も、ラティラと同じだ。

 母娘で並んでいるのを見ると、瓜二つという言葉はこういうときに使うのだなと納得してしまう。


「いつも娘と仲良くしてくださって、ありがとう存じます。この子、音楽好きがすぎるでしょう? ご迷惑をおかけしていないかしら?」

「お母様!」


 いつも冷静なラティラがアイナの言葉に慌てているのが面白い。彼女には年の離れた兄姉がいるというから、家では末っ子扱いされているのだろう。

 わたしたちがクスクス笑っていると、ラティラは軽く頬を膨らませる。そうしていると年相応に見えて新鮮だ。


「アイナ様、わたくしもレイン様も音楽が大好きですから、仲良くなれて嬉しく思っています」

「その通りです。それに、わたしのほうこそいつもお世話になっています」

「それなら良いのですけれど……」


 お世話になっているお礼です、と言ってわたしは用意していた新しい曲の楽譜を渡す。アイナは嬉しそうに顔を綻ばせて目を通した。隣から、ラティラがそっくりな顔で覗き込む。

 反応を窺うわたしに気づいたアイナが、控えめな笑みを浮かべた。


「素晴らしい曲ですね」

「ありがとうございます、嬉しいです」

「……ですが、レイン様。本当に、ラティラに強要されたわけではないのですね? この子は自分で演奏するだけでは飽き足らず、わたくしや上の娘にも演奏させようと――」

「お、お母様っ⁉」


 ……あれ? わたしがなにかに引っかかるような違和感を覚えたのと、ラティラの制止は同時だった。

 わたしたちの反応にアイナが「まさか」と目を瞠る。


「いえ! 強要はされていません、本当に。わたしは演奏と同じくらい作曲が好きですし、今回もわたしから提案しましたから。その……」


 まずは誤解をされないように「強要はではない」と主張しているうちに、わたしは違和感の正体に気づいた。

 ラティラはわたしたちを招待してくれたとき、アイナにわたしが作曲した曲の演奏をねだられる、と言っていたのだ。しかし、今の状況を見れば真実は明白だ。


 わたしが続きをどう言おうか悩んでいると、アイナは完全に理解したというように小さく息を吐き、すっとラティラに向き直る。


「……ラティラ。木立にこそ豊かな色彩が必要なのです」

「存じています。鮮やかな花を咲かせられるよう努力しますね」


 にこりと笑みを深め合う母娘。

 意味はよくわからなかったけれど、これだけは確信を持って言える。

 ……ラティラ、どう考えても音楽のことしか考えていない!


 アイナは普通に常識人だったし、スダ・マカベは厳格な人だと聞いている。ラティラのこの性格は、いったいどこからやってきたのだろうか。

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