第83話 カフィナの回復と噂立つ披露会(2)

 カフィナの部屋を訪れた翌日からは木立の日だ。

 新年の儀のためにやってきたシルカルたちと一緒に食事をしたり、あちこちで開かれる披露会に参加したりする。

 ……もっとも、カフィナのことがあってから、わたしに届いていた招待のほとんどが取り消されてしまったけれど。

 そのことを報告すると、ヒィリカは「そうですか」と呟いたきり詳細を訊ねてくることもなく話題を変えた。怒られると思っていたので逆に怖い。


 さて、招かれた披露会でいちばん早いのは、リィトゥとフッテアの姉妹が開催するものだ。もともと招待されていたのがわたしだけだったので、彼女たちさえ良ければほかの人のことを考える必要がないからだろう、そのまま取り消さずにいてくれた。


 ただ、単純に喜ぶわけにはいかないらしい。

 ヒィリカやシユリに聞いたところ、木立の日に個人的な、あるいは小規模の披露会が開かれることはあまりないという。

 木立の舎に通う子供と新年の儀に参加するような文官、そして教師などマクニオスで働く者だけが集まる機会はそう多くはない。優秀な大人と顔を繋いでおきたい子供たちにしろ、将来有望な成長株を押さえておきたい大人たちにしろ、できるだけ多くの人と交流しようとするのが普通なのだ。

 同じジオの土地出身でいつでも会えるリィトゥたちがわたしを呼ぶ理由など限られていると言われてしまった。


 あまり歓迎していないような言いかたであったが、夕食の席でそれを聞いて翌日の参加を断ることなどできるわけない。彼女たちとはそれなりに付き合いがあるのでなおさらである。

 それに、母親どうしの関係を考えれば、いくら噂が立っているわたし相手でもひどい扱いをすることはないと思うのだ。決して断りかたがわからなかったわけではない。




 少人数でも披露会の流れはそう変わらない。軽食の感想やツスギエ布の纏いかたについて話し、フッテアが音楽を、リィトゥが絵画を披露してくれる。わたしはそれにまた感想を言う。

 トヲネの娘なだけあり、準備はしっかりされているし技術力も高かった。特に初級生のはずのフッテアが時折見せる気遣いがすごい。上級生であるリィトゥもわたしを気遣ってくれているが、裏ではいろいろと考えているようなそぶりを見せる。けれどフッテアにその様子はなく、加えて言葉選びが上手なのだ。


 とにかくそうして当たり障りのない話題でひと通りもてなされたあと、リィトゥがお茶をひと口飲んでからほぅと息を吐いた。多分、ここからが本題なのだろう。


「……レイン様は、泉の傍に木の種をまくのでしょうか」


 こちらを試すように発せられた言葉に、わたしは神殿で猛勉強したことが早速役に立ちそうだと唾を飲み込んだ。スィッカみたいに流暢な受け答えはまだできないので、「泉の傍に……そうですねぇ」と反芻しながら必死に意味を思い出す。


 泉というのは四柱の古代神がそれぞれ最初に創ったもの――古代神の場所のひとつだ。その泉を創った神さまや、泉があるジオの土地自体を指していて、今回の場合は後者の意味だろうと見当をつける。

 木の種をまくというのは、木の中に住むマカベらしい言い回しで、家を建てるということである。それはつまり今の家を出ることであり、結婚することと同義だ。


 ……わたしがジオの土地で結婚するのかどうか? うーん、なんと答えたら良いのだろう……。

 意味がわかるわからない以前の問題だった。わたしはマクニオスで結婚するつもりなんてないけれど、その通りには答えられない。祭司となる道がある男性はともかく、女性が結婚しないのはあり得ないことだそうだ。

 少し考えて、無難に、結婚することは当然という顔で、だけど相手はまだわからないということにしておく。


「いろいろな方向から風が吹いていますし、種がどこで芽吹くのかわからないのです」

「……泉の中心に風は吹いていないと思っておりました」


 風には、気持ちとか、意見といった意味がある。

 本当は決まっているのではないか、という探りを入れられているのだろうが、知らないものは知らない。ヒィリカたちにはなにも言われていないし、当人であるわたしにその気がまったくないのだ。疑わしげな瞳を向けられつつも一応納得はしてもらえたみたいなので良しとする。


 それからもう一度当たり障りのない話をして、披露会はお開きだ。

 もっと気楽に話せる相手だと思っていたけれど、これからはこういう話題も増えるのだろうか。わたしはげんなりしながら自分の部屋へ戻った。


 窓際にあるお気に入りの低い椅子に腰かけながら、疲労感を押し流すように息を吐く。そして、あることを思い出した。

 ……そういえば、リィトゥってバンルに気がある感じだったような。

 彼女とはじめて会ったのはマカベの儀のあとで、そのときにはすでにバンルへ向ける視線に熱がこもっていたのだ。あれから二年近く経っている。進展はあったのだろうか。

 わたし自身の話は勘弁してもらいたいけれど、他人の話、それも関わりの多い人の話となれば別だ。ちょっとうきうきしてきた。もしかすると、リィトゥはわたしに結婚相手の話を振ることで質問を返されることを期待していたのかもしれない。


 ……失敗した。マカベの子は話を広げなくてはならないと言われていたのに、意味を理解することで精いっぱいだったので忘れていた。

 まぁ、気づいたところで詩的表現で話を広げるなんて芸当、できなかっただろうけれど。

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