第81話 カフィナは哀しい(3)
「……カフィナ様に元気がないように見えたので、お話を聞いていたのです」
カフィナの傍にいたのはわたしだけだ。わたしがしっかり説明しなければ、彼女が助からないかもしれない。
だからわたしは、あったことを包み隠さず話す。彼女が考える将来のこと、アグの神殿で感じたこと、それを聞いてわたしがどう思ったのか。
「必死に哀しみを我慢している彼女が、可哀想だと思いました。だから……」
そこで一度言葉を切り、わたしは周囲を見回した。教師たちが慌ててやってきたことで、野次馬が集まってきているのだ。涙を流すことは美しくないとされている。不用意に他人に聞かせるつもりはない。
察したデジトアが身を屈めてくれたので、声を潜めて続けた。
「だから、泣いてすっきりしましょうと、そう提案したのです」
「なっ……!」
バッとデジトアが身を引く。美しくないことだとわかっていたから声を潜めたのに、反応が大きすぎると不満に思いながら見上げる。
だが、返ってきたのは怒りを通り越して呆れや失望の入り混じった視線であった。
「……そなたがここまで愚か者だとは思っていなかった」
「え?」
「気立子とはいえ、二年近くマカベとして生きてきたのではないのか? なにを学んだ? 感情的になるなと、美しくないことはするなと、言われてこなかったのか?」
「言われました。ですから人目のないところで――」
「レイン」
わたしの話を遮ったデジトアが、自分の耳にあるテテ・ラッドレに触れた。
「私は魔法石の話をしたと思っていたが、それは記憶違いだったか」
瞬間、耳の奥できいんと鋭い音が走った。
思い出すのは、去年のデジトアや神殿でスダ・サアレが言っていた言葉だ。
……感情を抑えられなくなれば、魔力が暴走する。飽和した魔力を扱いきれなくなれば――
「わ、わたし……!」
慌てて振り返りカフィナのいるほうを見ると、彼女は男性教師に支えられてぐったりと目を閉じていた。胸がゆっくりと上下していて、最悪の状況にはならなかったことがわかる。
良かった、落ち着いたのだと、ほっとしたのも束の間。
不自然なほどきらりと青い光を放つものが目に映った。
「……カフィナ、様?」
それは、カフィナの左手だった。薄青色の魔法石のように、手がきらめいている。硬質で透明感のある輝きはどう見ても人間の皮膚ではない。
「私たちが間に合ったから良かったものの、そうでなければ全身がああなって、縮んで、魔法石になっていただろうな」
ぞっとした。お腹の底がぐるぐると回るように震えだす。
……わたしのせいだ。
立っていられないくらい動揺しているのに、座り込むことができなくて、なんとか踏ん張る。今のわたしよりもずっと、カフィナのほうが苦しい思いをしているはずなのだから。
「そのように感情をあらわにするものではありませんよ。美しくありませんし、魔力の多い者はそのぶん制御が難しくなるのですから」
ウェファがそう言いながらわたしの横を通り過ぎ、木立の舎へ戻ろうとする。「……まったく、この子にもあとで言い聞かせておかなければ」と男性教師に背負われたカフィナを困った顔で見やったウェファを、わたしは思わず引き留めた。
「あの、カフィナ様は悪くありません。わたしが――」
「誰がそそのかそうと、関係ありません。自分で魔力を制御できないなら、それは結局変わらないのです」
教師たちが立ち去ると、森の中にはわたしと野次馬をしにきた子供たちだけが残った。ジオの土地だけでなく、ほかの土地の子までいる。
詳細を知らずとも、わたしとカフィナのあいだでなにがあったか気づいているのだろう。子供たちの視線は教師より冷たい。気立子に対してよそ者扱いするような視線よりも、上手く魔力を使えなかったときの嘲笑するような視線よりも、ずっと。
完全に危険人物と認定されたようで、会話をしたことがある子と目が合うと、ふいと逸らされ逃げるように立ち去っていく。
ひとり、またひとりとわたしから離れる子供たちのなかで、しかし、ゆるりとこちらへ近づいてくる子がいた。
「ラティラ様」
彼女にも見放されてしまったか、それも仕方ない、と思いながら覚悟を決めていると、ラティラはわたしを安心させるかのように親しげな笑みを浮かべた。
その瞳は「わたくしは味方ですよ」と雄弁に語っていて、わたしは別の意味で心配になる。
「あ、あの。ラティラ様がなにか言われてしまうのではありませんか?」
わたしから離れるようやんわり伝えても、彼女は静かに微笑むだけだ。穏やかな表情につられるようにして、わたしの心も凪いでいく。
「そもそも、はっきり教えていない教師が悪いのです。教えられてもいないことを当然のように言われても、困ってしまうでしょう?」
……違う。わたしは神殿ではっきりと聞いた。だけどちゃんと理解していなかった。
「故意にカフィナ様を陥れたわけではないことをわたくしは知っていますし、当人であるカフィナ様ならまだしも、周りがとやかく言うのは筋違いだと思っています」
「でも、わたしは――」
「レイン様はこれからよくよく気をつけるようにしたら良いですよ。幸い、カフィナ様は助かったのですから」
こんなときのラティラは本当にマカベの娘らしい。説得力のある言葉が心に沁みていく。
彼女は優しい。優しくて、それに縋りたくて、頷いてしまいたくなる。でも、駄目だ。わたしはもっと、先回りして魔法のことを知るべきなのだ。
……知らないあいだに誰かの命を奪うなんて、もう、土の国の子だけでたくさんだ。
「そうだね、僕もラティラと同じ意見だな」
突然、知らない男の子の声が聞こえてきてラティラとともに顔を向ける。声の主は同じ年くらいの利発そうな少年で、青く澄んだ瞳が優しく細められていた。
知り合いなのか、ラティラが「……インダ様」と小さく呟いた。わたしは挨拶をするために両手を胸の上で重ねた。
「デリの神殿のインダだ。レイン、君はよく頑張っていると思うよ。みんなもそれを知っているはずなのに、こんな簡単に避けるなんて。それこそ美しくないと思わないかい?」
初対面でどうしてここまで擁護してくれるのかわからず、首を傾げると、インダはフッと楽しそうに笑った。彼の自然な笑みに、喉の奥がぎゅっと痛くなる。
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