第78話 砂漠の中の楽園(5)
わたしは腰のフラルネに触れてアクゥギを出した。ポォンと最初の音を鳴らす。
やる曲は決まっている。砂上のコイ。あの泉で作ったときはアカペラだったけれど、あとから伴奏もつけていたのだ。
静かな孤独。わびさび。そういうのが伝われば良いと思う。
あらずの場所で希望を見つける喜びとか。わたしも早く、帰る方法を手にしたいよ、ねぇ、神さま……。
「月は静かに微笑み、砂をしとりと濡らす――」
……え? あれ?
なぜか水が出てきた。わたしの周りを囲むようにアクゥギの上でふよふよと浮かんでいる。
おかしい。あれから何度試してみても水は出てこなかったはずだ。魔法になる芸術、マクァヌゥゼのことを知ってからは、ただうたっただけでも魔法になるあの泉が特別なのだと思っていた。神殿だからだろうか。魔法、よくわからない。
……待って。Aメロで水が出てきたということは――
「……ルルロンだと?」
「どういうことですの?」
Bメロになると、今度は大きな桃のような薄茶色の実、ルルロンがぽよよんと現れた。甘い香りがしてくる。
ちょっと想定外だ。わたしは別に、変な魔法を見せたかったわけではない。ないのに、これでは見せびらかしているみたいではないか。
子供たちのぽかんとした表情にいたたまれなくなって、だけど演奏をとめることができず、高い天井を見ながらサビをうたう。水とルルロンがわたしの魔力を受けてキラキラ光っている。そしてわたしの周りを楽しそうに回る。
……違う! これじゃあ賑やかな砂漠の旅芸人だよ!
曲はしっとりしているのに、視界がとてもうるさい。表現したかったことと違う。がっかりだ。
演奏を終えて、残念な気持ちで視線を下ろす。しかし、いつの間にか子供たちの瞳は熱を孕んでいて、そのなかで頭が痛そうに眉をひそめているスダ・サアレと目が合った。
「……まぁ、良い。これは谷を創りし神へ捧げるとしよう」
彼はそう言って手の指を複雑に組んだ。キッハだ。
ふわりと淡い緑色の魔力が漂い、舞台の上に銀色の杯と皿が現れる。すると、わたしの周りで浮かんだままだった水が杯に流れ、ルルロンは皿に盛られた。
谷を創りし神というのはスダの土地にいると言われている古代神である。なんだか
「とても素敵な曲でしたわ! 即興で作りましたの?」
「いいえ。前に作った曲なのです。課題は新しく作りますから、ズルはしませんよ」
「そう……レイン様は気立子ですから、外の世界に親しみがおありなのでしょうね。砂漠にも美しさがあるかもしれないと思えましたもの。……その、想像するだけなら、ですけれど」
「少しでも助けになったなら、良かったです」
「私も作ってみよう」
「わ、わたくしもできる気がいたします……!」
どうやら子供たちには好意的にとられていたらしい。おかしなことになったけれど、最低限の目的は達せられたのだから良しとするか。
みんながアクゥギを出しはじめたので、わたしも新しく作ろうと出し直す。
しかし、そこで子供たちの動きがとまった。
「……どのように表現したらよろしいのでしょう?」
ひとりの女の子がそう言って、その戸惑いが伝播していく。
やる気になったは良いが、ろくに知らない砂漠を音楽で表現することが難しいのだろう。予想済みだったらしいスダ・サアレが助け舟を出してくれた。
「舞踊でも絵画でも、ほかの芸術でも構わない。自分が表現しやすいと思える方法で作れ。この課題で重要なのは、馴染みのないものに美しさを見出す、ということだからな」
それならばと子供たちは次々にアクゥギをしまう。わたしは勿論そのままである。音楽以上に表現しやすい芸術はないし、思い通りにいかず賑やかになってしまった先ほどの結果が悔しいからだ。
とりあえず手癖でいくつかの和音を奏でていると、鍵盤に影がかかった。
「レインはまた音楽で作るのか?」
「ひっ――あ、はい。音楽がいちばん好きなので――好きですし、その……より美しい曲を作れるよう挑戦してみたいな、と」
「そうか」
質問してきた割にあっさりとした反応を返してきたスダ・サアレは、軽く曲げた指を顎に当てている。顎に触れるのは、最近知った、彼がなにかを考えているときの仕草だ。
その視線はわたしのアクゥギに固定されたまま。思考の対象は明らかで、怖い。
スィッカや近くにいた子供たちも彼の仕草に気づいていて、心配そうな顔でこちらを見てくる。わたしは心配ないよ、という意味を込めて微笑みを返した。怖いけれど。
スダ・サアレは「……あぁそうだ」と呟きながら顎に当てていた手を下ろし、尊大な態度で腕を組む。
子供たちを見回すその表情に浮かぶのは薄い笑みだ。
「こいつがやったのはマクァヌゥゼになっていたが、魔法にさせる必要はないからな」
彼の言葉に、子供たちはほっとした顔になる。わたしも大した内容でなかったことにほっとする。
ただ、そんな、変な奴みたいな言いかたはよしてもらいたい。わたしだって突然のことで本当に驚いたのだから。
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