第77話 砂漠の中の楽園(4)

「――砂漠だ。砂漠を主題に、芸術作品を作ってもらう」


 十一の月の最終日。スダ・サアレによって提示された課題の内容に、儀式場の空気が凍りついた。

 ……砂漠か。マクニオスに来てはじめて作ったのも砂漠の曲だったし、せっかくなら違う主題が良かったけれど、仕方ない。新しく作るとしよう。

 暢気にそんなことを考えていたわたしがその空気に気づいたのは、口々に発言する子供たちの硬い声を耳にしてからだった。


「できません!」

「マクニオスの外に美しさなどありません」

「見てみたいとも思いませんもの!」

「そうです、ヨナの仕事関連ではいけないのですか⁉」


 これまでも、スダ・サアレの発言に子供たちが呆然とすることは何度もあった。けれど今回は違う。明らかに拒絶の色が浮かんでいる。確かにいきなり作れと言われても難しいだろうと思ったが、それだけの問題ではなさそうだ。

 スダ・サアレはその反応を予想していたのか、怖いくらいの無表情で子供たちの様子を見ている。

 しかし子供たちのざわめきはいつまでたっても落ち着くことがない。ざわざわ、ざわざわ。落ち着かない空気が、わたしにも伝わってくる。


 どのくらい時間が経っただろうか。もしかしたら、ほんの少しだったのかもしれない。


「――感情を昂らせるな」


 静かで、低い声だった。決して張り上げたわけではない。ただ、そこには強い怒りが含まれていた。

 普段これほどの感情に触れることのない子供たちは、たったひと言で、口をつぐむ。

 儀式場には静寂が訪れたが、しかし、空気は落ち着かないままだ。スダ・サアレに逆らえないという恐怖心と課題への拒否感とで、むしろひどくなっている気がする。


「感情を抑えられなくなれば、魔力が暴走することくらい知っているだろう? 制御できない魔力に晒され続けたらどうなる?」


 ――魔法石になる。


 誰もが思い浮かべたであろうその続き。そしてここまで明確な理由を与えられれば、自制のきかぬ子供たちではない。少しずつ落ち着きを取り戻していく。同時に、わたしに視線が集まってくる。

 ……悪いけれど、わたし、今まったく興奮していないから。マクニオスの外が美しくないかどうかなんて知らないし、どちらかと言えば見てみたいくらいだから。


 それにしてもこの違和感はなんだろうか。

 マカベの価値観と異なる点では同じでも、ヨナに対する反応とはまるで違う。

 ヨナに対しては、ただ深く関わらないというだけで、自然美という彼らの価値観を認めているように思えた。だけど今のこれは……。

 気立子であるわたしに時々向けられる視線と同じものを感じる。マクニオスの特別視、選民思想とか、そういう類のものだ。わたしはマカベに認められる程度に音楽ができるからあからさまでないだけで、本当だったら受け入れられていなかったのかもしれない。


「あと、あんたらはマカベなのだから、簡単にできないなどと言うな。それこそ美しくないだろう」


 ざわめきがやんでも、無言の拒絶は変わらぬままだ。ちらりと盗み見たスィッカの表情も硬い。誰も納得していない。

 納得されていないことをスダ・サアレは当然わかっていて、ハァ、と大きな溜め息が儀式場に響いた。


 ……このままでは、困るよね。


「あ、あのう……」


 少なくともわたしは困る。講義が進まなくてマクニ・オアモルヘを教えてもらうのが遅くなるのは嫌なのだ。

 それに、なんとなく、新しい美しさを知ろうともしない子供たちの態度が気に食わなかった。もしかしたら深い事情があるのかもしれないけれど、こうして課題として出されているのだ。少しくらい歩み寄ろうとしても良いのではないかと思ってしまう。


 わたしが発言することなんてめったにないので、先ほどとは違う意味で視線が集まる。頬が熱くなるのを感じながら、おどおどして見えないよう笑顔を張りつけた。

 ……よし、勇気を出して、わたし!


「皆様のおっしゃる通り、マクニオスの外に美しさはないのかもしれません。けれど、美しいかもしれないと想像することはできますよね」


 あるがままを写し取るだけが芸術ではない。現実でなくとも、理想や希望や、はたまた絶望を生み出し、表現することだってできる。そういうものだと、わたしは思っている。


「たとえば砂漠って、殺風景で荒れているという印象ですが、そこに一輪の花が咲いていたら美しいと思いませんか?」

「花は咲かないと思いますけれど……」

「たとえば、のお話ですよ。そうですね……せっかくですから大きく出ましょう。日の出とともに光る花畑。夕日に照らされる穀物、一面の穂。見てみたいと思いませんか? わたしはすごく見てみたいです」


 なんだかライブのMCをしている気分になってきた。まぁでも、これくらいの気持ちでいないと、わたしは人前ではっきり喋れないのだ。恥ずかしいけれど、仕方がない。


 しかしそれが功を奏したのか、空気が緩み、笑い声があちこちから漏れてくる。

 ……いや、うん、笑い声というか、嘲笑というか。わかっている。飛躍しすぎた。花や穀物が広がっていたら、もはや砂漠ではないだろう。

 こういったことには慣れていないのだ。大目に見て欲しい。


「えっと、大きく出すぎましたね。そのままの砂漠に美しさがあると、想像しましょう」

「……レイン様はそれを表現できますの?」


 おずおずと聞いてきたスィッカの言葉に、わたしはこれ以上出しゃばって良いのかわからなくて、スダ・サアレを見た。

 彼は面白がるように瞳を光らせ、「やってみろ」と言わんばかりに顎をしゃくる。

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