第76話 砂漠の中の楽園(3)

 講義はどんどん難しくなっていく。十一の月になると、神話に基づく歴史の話に移った。


 マクニオスの歴史とはすなわち、宗教の歩みだ。

 この世界は神々が創ったもの。だから国によって神話や生活習慣に多少の違いはあれど、どこへ行っても同じ体系に属する神さまを信仰しているらしい。

 違う宗教、という概念がないのでわたしの解釈が合っているか微妙なところだが、スダ・サアレがあの国はあの神、どこどこの国はこの神、というような説明をしていたので大きく間違えてはいないと思う。多分。


「古来より信心深い民族であったマカベとヨナは、四柱の古代神のお気に入りだ。神は特に目をかけてやりたいと思い、同時に、彼らに世界の維持を頼もうと考えた。そうして創られたのがマクニオスだ。だだっ広い砂漠の中で滅多にほかの国の者も近づいてこないし、今でも我々はこうして神を支えながら生きているわけだから、神の目論見は成功だな」


 ……なんと、ここは砂漠の中だった! そりゃあ雨が降らないわけだ。だけどひどい乾燥は感じないし、夏の暑さや冬の寒さもほとんどない。これが神さまに守られているということだろうか。


「だが問題もあった。マカベとヨナはすべての神に対して同じだけの信仰心を持っていたが、価値観――美しさの基準が違ったのだ。あんたらはマカベだから、マカベがなにを美しいと思うか、わかるだろう? ヨナがなにを美しいと思うか、知っている者はいるか?」

「自然そのままを美しいとしています」


 知らない子の発言にスダ・サアレが「そうだ」と頷く。

 なるほど、ヨナが自然美を大切にしていると考えると、マカベは造形美といったところか。シルカルの仕事を見学したときに見た、彼とジオ・ヨナの対比を思い出す。


「価値観の違いは時に争いを生む。だが神が争いを好まぬことを両者は理解していたし、なにより美しくない。そこで神に伺いを立てることにした。マクニ・オアモルヘのはじまりだな」


 現在では神さまと繋がることで加護を得るのがマクニ・オアモルヘであると認識されているが、本来は純粋に繋がる、通じる、というだけの魔法であるらしい。「今でも加護を得るためでなく日常的に神を呼ぶのは私たちサアレくらいであろうが」とも言っていた。

 ……その例外的存在が身近にもいることを知っている。まぁ、このスダ・サアレよりかはまだ常識的なのだろうけれど。


「ヨナも魔法を使えたのですか?」

「あー、そうだな。当時は使えた。だが長い時間のなかで失われたり変わったりするものなんていくらでもある。あんたらがここに来てからもそれを知ったろう?」


 そういえばヨナは魔力がないのだったなと思い出しているうちに、スダ・サアレは軽く流した。話は続く。


「神はマカベとヨナのあいだをとりなす存在を作ることを命じた。世界の維持に必要な両民族、その力を遺憾なく発揮させるための存在」


 ――つまり、神殿、クストである。マカベとヨナという組み合わせの夫婦が四組、そこから生まれた四人の男子が最初のクストだ。

 彼の説明に子供たちがざわりとした。「まさか」「あり得ません」という声が聞こえてくる。

 そんななか、スィッカは手を挙げて発言の許可を求めた。


「ヨナも魔法が使えたころは、マカベとヨナでも子が成せたということですか?」


 肯定するでも否定するでもなく、スダ・サアレは器用に片方の眉を上げる。


「すでに両方の血が混ざっているとはいえ、神殿では今もそうしているだろう。そのためのマクニ・トウェッハでもある」


 みんなは納得していたけれど、反対にわたしは納得できなくなった。ヒィリカに説明されたときもさっぱりだったけれど、説明上手なはずのスダ・サアレから聞いてもさっぱりだ。やはりマカベとヨナは別の生き物なのかと無理やり納得しようとした矢先、魔法があればその限りではないというのである。意味がわからない。


 小声でスィッカに訊ねてみると、「言葉を選ぶようにと注意されたばかりですから、わたくしには教えられません」と断られてしまった。

 その耳が少しばかり赤い。なんとなく内容を察したわたしは、別に知らなくても良いかと思考を放棄することにした。


 サアレの役割についても教えてくれた。

 サアレが土地の魔力を管理しているというのは初級生のときに聞いた通りだ。神殿の儀式に使ったり、新しい魔法を生み出したり、魔力のないヨナが効率よく仕事をできるように与えたりするらしい。

 基本的には自分の土地を発展させることだけを考えていて、土地どうしの調整は木立の者に任せている。


 残った魔力はマクニオスの木にあるラッドレに送り、マクニオスの土地そのものを豊かにするために使われる。その量で序列が決まるのだから、サアレの采配は重要だ。


「あとはそうだな……マクニオスでは美しいと言えずとも、よその国では宝石のように扱われる魔法石を作ることもある」


 ピリ、と空気が張りつめたのがわかった。子供たちの緊張が伝わってくる。わたしはどういう反応をしたらいいのかわからなくて、表情を変えられない。

 スダ・サアレはそんなわたしたちをいつもの調子でぐるりと見回し、なにかを考えるように顎をさすっていた。


「……いや、それはクストになってからの仕事か」


 サアレは五年ほどで代替わりを行い、木立の者としてのクストとなる。今度はマクニオス全体や世界そのものを調整するという役割が与えられるのだ。


 話の大きさに、わたしはぽかんとしてしまった。いくらなんでも背負うものが多すぎだろう。

 しかし、こうしてほかの土地の子供をサアレが教育することさえも将来のためだとスダ・サアレは不敵に笑う。


「神は世界中に散らばっているが、主要な神――特に四柱の古代神がマクニオスを離れることはない。マクニオスにおいて神々のための儀式は重要で、それにはよく勉強したマカベとヨナの祭司が必要だ。ま、男子は特に頑張ってくれ」


 祭司になれない女の子に対しては「次代のために美しさを磨いておけ」と言う。なんだかとても投げやりだ。

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