第72話 神の愛し子(2)

 近くで見ると、スダ・サアレの瞳は不思議な色をしていた。

 サアレも含めてマクニオスの人はたいてい赤か青に近い色味をしていて、時どき金か銀の光が混ざっている人がいる。土地の魔力に染まっているのだ。

 しかし彼の瞳は若葉のような緑色であり、金と銀の光が複雑に煌めいている。くすんだ金髪から覗くそれが、無感情にわたしを見下ろしていた。


 その瞳から目を逸らさないよう気をつけながら、両手を胸に当てて軽く膝を曲げる。


「はじめまして、スダ・サアレ。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。三月みつきの滞在、どうぞよろしくお願いします」

「スダ・サアレだ。よく励め」

「はい」


 ……あれ? それだけ?

 彼の視線はすぐに次の子へ向けられた。八十人もの子供と挨拶をするのだから一人ひとりに構っていられるような時間はないのだろうけれど、なにか言われるかもしれないと覚悟していたので拍子抜けだ。値踏みするような視線ですらなかった。

 席に戻って眺めていると、誰に対しても同じ対応をしているようだとわかる。所作そのものは丁寧だし、かける言葉は子供の挨拶に合わせて変えているが、なんとも他人に興味がありませんといった様子には仕事人間という言葉がぴったりのように思えた。


 あっという間に終わった挨拶のあとは夕食だ。食堂は地下にあるらしく、階段をぐるぐると下っていく。

 いちばん下までいくとロビーのような空間になっていて、左右に扉があった。


「こちらがマカベの食堂だ」


 スダ・サアレはそう言って右側の扉を開ける。

 続いて中へ入ると、そこは寮の食堂と似たような風景が広がっていた。銀色のマントを身に着けた祭司たちが数人ずつ卓を囲んでいけばな料理を食べている。神殿に来れば違う料理にありつけるかもと期待していたので残念だ。


「食事の用意はマカベの祭司たちに任せている。私は自室で食事をとるので、なにかあれば周りの祭司を頼るように」

「はい」


 わたしたちは十人くらいずつに分かれて食事をとることになった。

 さすがは序列一位のスダの土地、食材の質も盛り付けも素晴らしい。……が、まぁ、美味しいとは思えなかった。




 翌日の午後から講義がはじまる。教師のティチェとヴァヅに連れられて儀式場へ向かう。二人はこのあとスダ・サアレに挨拶をしたら木立の舎へ帰るらしい。わたしたちが神殿にいるあいだは別の仕事をするそうだ。


「私たちはこれで失礼するので、子供たちをよろしく頼む」

「スダ・サアレ。ひと晩の宿をありがとうございました」

「いや、待て」


 しかし、帰ろうとした二人をスダ・サアレは引き留めた。


「なんでしょう?」

「二人にマクニ・トウェッハを披露してもらいたい。実際に見せるほうがわかりやすいが、こちらには手の空いている女性がいないからな」

「そういうことでしたら……ですが、ディル・トゥウでもよろしいですか?」

「構わん」

「かしこまりました」

「承知した」


 三人はわたしには理解できない話で合意して、教師二人が舞台に上がった。ティチェはさらに台の上に立つ。

 ……なにがはじまるのだろう。わざわざ舞台に立つということは、なにかを披露してくれるのだろうけれど。そんなことを考えていたら、スダ・サアレが「あぁ」となにかを思いついたように付け加えた。


「ついでに説明もしてやってくれ。マクニ・オアモルヘも交えて」

「え……?」


 ……あ、丸投げした!


「っ、かしこまりました」


 ティチェは困り笑顔だし、ヴァヅの無表情も崩れかけている。穏やかな教師たちを困らせるなんて、やはりサアレはサアレなのだ。

 それでも簡単な打ち合わせだけで応じる二人がすごい。


「わたくしたちマカベが目指す魔法に、マクニ・トウェッハとマクニ・オアモルヘの二つがあります」

「マクニ・トウェッハは神への祈りと誓い、マクニ・オアモルヘは神との繋がりとなる魔法だ」


 可哀想な先生たち、なんて思っていたらいきなり重要そうな話がはじまった。わたしは真剣に耳を傾ける。これが帰るためのヒントになるかもしれないのだ。


 二つのうち、マクニ・トウェッハはマカベとして生きるうえでも必要な魔法であるという。節目節目に行うもので、最上級生の音楽会で披露する成人の儀、婚姻の儀式である木立の儀、そしてマカベの儀で子供たちが力を証明したあとにマカベ夫妻が見せる演奏などがそれに当てはまる。

 男女二人による芸術。わたしはシルカルとヒィリカの複雑に音が絡み合った演奏を思い出した。


「本来であれば、もっとも古く、正しい魔法の形であるマクニ・トウェッハが望ましいのですけれど……」


 そこでティチェは言いよどんだ。


「二人だけで、音楽の演奏と同時に舞踊と絵画を披露するので、当代で可能なのはジオ・マカベ夫妻だけであろうな」


 ちらちらとこちらに視線が集まる。知らない。見たことも聞いたこともない。あの両親、ちょっと規格外がすぎると思う。

 ヴァヅが、多分困った顔になっているであろうわたしを見てフッと目もとを緩めた。


「しかし誓いは必要であるため、代わりにディル・トゥウを行う。複数人による芸術、トゥウのなかで、本来の形ディルに近い、つまり男女二人で披露する魔法だ」

「先ほど挙げた儀式では音楽のみですけれど、組み合わせはなんでも良いのですよ」

「では――子供たちの成長を神に祈って」


 ティチェがヌテンレを出し、ヴァヅが左手を高く上げた。

 シャン、と響く音。ディル・トゥウがはじまる。


 それは動の芸術だ。

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