第71話 神の愛し子(1)

 マクニオスに四つ存在する神殿は、それぞれ四つの土地の中央にある森の中に建てられ――わたしの感覚では生えている、だが――ている。

 神殿の周りに大人たちの仕事場があり、マカベとヨナの木立の者や文官たちの家、さらにその周りにマカベの家があることはどの土地でも同じらしい。山小屋のような役割を持つ木漏れ日の家があることからもわかるように、マカベは森の中にしか住んでおらず、土地に散らばって集落を作るのはヨナだけであるという。


 そういう話を、西へ向かって飛びながら、ティチェという女性教師とヴァヅという男性教師が教えてくれる。

 わたしたちは今、スダの神殿へ向かっているのだ。


 十の月から十二の月にかけて行われる神殿での滞在は、自分の出身とは別の土地へ向かわされる。

 ラティラはジオの土地、カフィナはアグの土地で、見事にばらけてしまった。シエネやヅンレなど多少の交流がある子とも被らなくて、この八十人くらいいる子供たちの大部分とは話をしたことすらない。知らぬ場所へポイッと放り込まれた気分である。


 加えて、神殿での教育は教師ではなく、サアレたった一人に任されているらしい。気分は下がる一方だ。この人数を、という驚きもあるが、それ以前にサアレが怖い。

 華やかでキラキラした男性アイドルのようなジオ・サアレ。シルカルにそっくりなのにどこか他人をからかって遊ぶところがありそうなデリ・サアレ。スダ・サアレはどんな人なのだろう。

 ……どうかどうか、怖くありませんように!




 ジオの土地の家にいるときは毎日見ていたが、実際に神殿の中へ入るのははじめてだ。神殿に到着すると、祭司だという銀色のローブを被った男性が案内してくれる。大きな岩の上に木が生えた形の神殿は、木だけでなく岩の中までもが部屋になっているらしい。


 内装はマカベが管理する建物とはずいぶん異なっていた。

 壁や床は青みがかった濃い灰色の岩で、なめらかだけど光沢はなく、ほんのりと光る灯りだけでは足もとが暗い。

 神殿というので、白い柱や神さまの像なんかを想像していたけれど、まったく違った。絨毯や彫刻などの装飾もなくて殺風景に感じるくらいだ。

 かといってお寺のような雰囲気とも違う。天井が高くて、男の子たちが身に着けている金属飾りの音が、シャンシャンとあちこちに反射しながら駆け上っていく。


 入ってすぐのところが儀式場であり、基本的にはここで講義を受けることになるようだ。中心が少し低くなっている円形で、とにかく広かった。


 儀式場の真ん中には音楽会のときと同じような切り株の舞台がある。

 違うのは上に人ひとりが乗れそうな小さい台があることと、周りに四本の細い木が生えていることだ。隣合う木とは光るツタのような縄で繋がっており、地鎮祭みたいである。

 舞台を囲むようにしてたくさんの椅子が並べられていて、そこに座って待機しているよう祭司に言われる。


 順番に座っているとすぐに夕灯の時間になった。

 ヴウゥゥ……と響く音は思っていたほどうるさくない。教師も子供も、そして祭司も、長くて言いにくいイョキを一斉に唱える。

 すると岩の壁が青と銀に淡く光りはじめた。この岩そのものがラッドレなのだろうか。スダの土地出身である教師や祭司たちの魔力は光る壁に吸い込まれ、子供たちの魔力はそれぞれの土地のほうへ飛んでいく。


 唸るような音はしばらく続く。なにをするでもなく待たされている状況に飽きてきたのか、音に紛れるようにして話をしている子がちらほらいた。勿論わたしは話し相手がいないので黙っている。


 やがて音と光がやむと、お喋りに興じていた子供たちがハッとしたように口をつぐみ、儀式場は静まり返る。しかしその静寂は一瞬で、奥から澄んだ金属音が聞こえてきた。



 シャン、シャン――……



 それは明らかに質の違う鳴りかたで、背筋がすうっと伸びる。わたしは泉ではじめてこの音を聞いたときと似た緊張感に包まれた。

 近づく音とともに姿を現したのは銀色のマントを纏った男性。紹介されるまでもなくわかる。スダ・サアレだ。


 美しい動作で舞台に上がった彼は、ゆるりと視線を動かして座ったままのわたしたちを見た。

 堂々としていて雰囲気もあるけれど、ジオ・サアレやデリ・サアレと比べると自然体で普通の人、という感じがする。それにかなり若い。まだ二十歳にもなっていないのではなかろうか。


「一人ずつ舞台に上がって挨拶をしなさい」


 ヴァヅに言われてわたしは立ち上がった。スダの神殿に滞在する子供のなかで、わたしが一番小さいのだ。

 緊張はまだ続いている。こんなことならラティラにスダ・サアレの人柄について訊いておけば良かったなと思いながら、できるだけツスギエ布が美しく見えるように舞台へ上がった。

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