第69話 魔力の色とキッハ(1)
魔力の色は人によって異なるが、基本的には住んでいる土地の色に近くなるものだという。
しかし舞踊や絵画を嗜むにあたり、単色のままではマカベが認めるような美しい表現ができないため、色を変化させなければならない。その方法を取得することが初中級生最初の課題だった。
まずは自分の魔力の色を確認する。
腰に着けたフラルネや、フェリユーリャで魔力を光らせたときの色がその人自身の魔力の色であり、わたしの魔力は真珠にうっすら桃色が溶けたような色である。
実はわたし、魔力の色には個人差があるということを知らなかった。
よそからやってくる気立子はもっと目立つような色であることが多いらしいけれど、わたしの魔力はジオの土地の子としてあり得る色。そのうえ一緒に行動することの多いラティラとカフィナの魔力もそれぞれ空色に薄紫色といった淡い色味なのだ。
誰も色について触れてこなかったし、そもそも気にしたことがなかったのである。
今日の講堂には、赤、青、金、銀、そして緑、それぞれの色に光る大きな魔法石をはめこんだ台が五つ置かれている。講堂の真ん中には緑の魔法石があり、間隔をあけて、残りの四つがその周りを囲むように並べられていた。
ウェファの指示で、ジオの土地の子供たちは赤い魔法石と金の魔法石の間へ移動する。
「まったく違う色の魔力をお持ちのかたはいないようですね。それでは、まずは自分の土地の色に変えられるよう練習してみましょう」
「この魔法石は常に一定の魔力を発しているので、その魔力の感覚を覚え、近づけていけば良い」
「イョキの練習でもできましたから、感覚を掴むことは簡単にできるはずですよ」
よく意識してみると、確かに魔法石からは魔力のざわざわを感じることができた。フェリユーリャで魔力を灯しながらその感覚に寄せていく、のだが――。
「む、難しい……」
「本当に……」
ぽろりと零れてしまった本音に、すぐ隣から肯定の返事。同じように苦戦しているらしいカフィナが困ったように笑いながら魔力を見つめている。
「お母様から薄い色の魔力は変化させにくいと聞いていましたけれど……」
「そのような違いがあるのですね」
「えぇ。でも、これほどとは思っていませんでした。お母様も、少しの違いですけれど、としか言っていませんでしたし」
そんな話を聞いて、わたしは光の三原色と色の三原色を思い出した。
この世界で地球の原理が通用するかも怪しいけれど、魔力の色が薄いというのは、たくさんの色を持っているかほとんど色を持っていないかのどちらかではなかろうか。
前者であれば、たくさんの色のなかからたった一色の感覚を掴むことは難しいだろう。
後者であれば、色を持つ魔力の感覚を知らないという可能性があるのかもしれない。
……どちらにしても、魔力の色の違いによる感覚の違いを見つけなくては。
そう思い、意識を講堂の真ん中へ向けてみる。赤の魔法石と金の魔法石の魔力を探るふりをして、それとなく緑の魔法石に近づいた。
魔力に触れるとざわざわするのはいつも通りで、色によってその感触が違うということはわかる……気がする。けれど魔力という曖昧なものに対してどこがどう違うかなんて説明できない。どうすれば感覚を変えられるかなんてもっとわからない。
ただなんとなく「動かす感じ」を想像すれば良かったイョキとは違うみたいだ。これのどこが簡単なのだろうか。
結局この日、わたしとカフィナはどの色にも変えることができなかった。
わたしたち以外にも色を変えられなかった子がちらほらいて、わたしはほっと息を吐いた。安心している場合ではないのだけれども。
翌日からは色を変える感覚を掴む練習をする子、昨日に引き続き実際に色の変化をさせる子、五色に変化ができるようになって男女別に舞踊と絵画を練習する子、の三段階に分かれての講義だ。
教師の予想よりわたしたち一段階めの人数が多かったようで、フェヨリが歌で色を変える方法を教えてくれることになった。
最終的には歌がなくても変化させられるようにならなければいけないのだろう。それでも魔力を動かす練習をしたときのようにきっかけを教えてもらえるのはありがたい。
さすがと言うべきか、同じように淡い色の魔力を持っているはずのラティラはもう色変化を終えて絵画の練習に入るらしい。
講堂を出ようとする彼女が名残惜しそうな、羨ましそうな顔でこちらを見てきたけれど、そっくりそのまま同じ表情を返しておいた。
洞窟の夢
燻らせ 火孔にて
月
花咲かせ 泉にて綻ぶ――
教えてもらったのはこのような歌であった。古い歌らしく、抑揚のつけかたが独特だ。
その波のような旋律に合わせて魔力の揺れるのがわかる。
色の波長を表すように。
あるいは、重さが変わるかのように。
わたしたちが魔力を五色に変化させられるようになったのは、それから二週間ほど経ったころのことだった。
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