第68話 初中級生の始まり(3)

 わたしたちの進級式が行われていた時間に、当然、中級生以上の進級式もあるし、初級生の入舎の儀も行われていた。

 ということで、夕食はマクニオスの木の陽だまり部屋で開かれる交流会だ。

 初中級生以上の子供たちが席についてしばらくすると、スダの土地から初級生が入場してくる。

 どの子も緊張と期待に目をキラキラさせているのが微笑ましい。わたしもこんな感じだったのだろうか……と思ったけれど、どちらかというと向けられる視線に平静を保とうと必死だった気がする。


 食事がある程度終わって席の移動が自由になると交流の時間がはじまった。

 去年と違いバンルがいないので、今年はルシヴもわたしと一緒にいるようだ。新入生の挨拶を受けたり、久し振りに会うほかの土地の子たちと話をしたりする。


 挨拶をしていると、そういえばカフィナとはじめましての挨拶をしたのもこの場だったなと思い出す。その彼女はラティラのところへ行っているようだ。遠くで楽しそうに話しているのが見えた。このような場だと、マカベの娘であるわたしとラティラは自由に動けないのが難点である。


「ルシヴ様、レイン様。ご挨拶をよろしいですか?」


 聞き覚えのある声にカフィナたちから視線を戻すと、愛らしい顔立ちにませた表情を浮かべた女の子がいた。トヲネの娘、リィトゥだ。

 彼女とは木立の舎での交流こそなかったが、親どうしの仲が良いこともありジオの土地に戻ってからの披露会ではよく顔を合わせていた。今ではわたしも気軽に話せる仲である。


「あぁ」

「リィトゥ様。勿論です」


 そんなリィトゥが手を引いているのはわたしと同じくらいの身長の女の子。

 目もとがリィトゥによく似ていて、その瞳の赤色は濃いめだ。初級生になる妹がいるとは聞いていたので、彼女がそうなのだろう。


「はじめまして、フッテア様。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。リィトゥ様からお話を聞いていて、会えるのを楽しみにしていました」

「ナヒマとトヲネの娘、フッテアです」


 ……わたしと同じくらいの身長、というのは盛りました。

 ぱっと見でわかるくらいにはわたしのほうが低いことに、なんとなく納得がいかなかったのだ。


「わたくしも、とても、とても楽しみにしておりました!」




 些細なわたしの不服は、ほかでもないフッテアによって吹き飛ばされた。

 彼女、とにかく可愛いのだ。カフィナがぬいぐるみのような可愛さだとすれば、フッテアは着せ替えドールのような、とでもいうのだろうか。くるくる変わる表情と、その瞳の中でパチパチと爆ぜる赤色が魅力的であった。


「お母様からこの纏いかたを教わったときのことは忘れられません。本当にドキドキしましたもの」


 その場でくるりと回ってツスギエ布を見せてくれるフッテア。親しみの込められた笑顔からは嫌味も下心も感じられなくて、純粋に好いてくれているようだとわかる。

 なんでも、家でトヲネとリィトゥからわたしの話をたくさん聞いていたらしい。

 先輩になったのだという感じがしてこそばゆい。……もっとも、わたしに先輩らしいことができるかどうか疑問だけれど。


「フッテアはツスギエ布の纏いかたを考えることが好きなのか?」


 ルシヴの質問に、フッテアは満面の笑み――マカベにしては――で頷く。


「はい! ツスギエ布だけではありませんよ。お母様から流行のお話を聞くことも大好きです」

「シエネと似ているな」


 今度はわたしが頷く。二人は話が合うだろうと、ちょうど思っていたのだ。

 が、リィトゥたちはシエネを知らなかったようで首を傾げている。


「シエネ様はジオの土地の初中級生です。新しいことや可愛らしいものがお好きで、披露会の準備も得意なのですよ」

「披露会で、よくレイン様やカフィナ様と一緒にいらっしゃったかたですね」

「ええ」

「お話する機会がありませんでしたから、お名前を存じませんでした」

「レイン様、今度、紹介していただけますか?」

「フッテア様をご招待できるようになったら、是非――」


 そんな話をしたあと、二人が去ると、ルシヴの表情が少し硬くなった。


「レインは会話が苦手なのか?」

「……え?」


 いきなりそのようなことを言われる理由がわからず、返答につまる。

 さすがに得意だとは言えないが、人見知りをするわけでもないし、当たり障りない会話なら普通にできているはずだ。

 しかし、ルシヴは残念そうな顔で息を吐いた。


「私たちマカベの子は、話しかけられる立場だろう? そこから話を広げるのはこちらの役割だ」

「あ……なるほど。そういう意味で言うと、たしかにわたしは会話ができていませんね」


 よくよく考えてみれば、今日のルシヴは普段より口数が多かった。それはただお喋りになったというわけではなく、踏み込んだ話をしたり関連する別の話題を振ったりしていたのだ。

 そうやってさまざまな情報を集め、また会話を上手に楽しむことが美しいのだという。


「私もまだだ。目標は兄様だからな。彼はこういうことをとても自然にこなす」


 あの優秀すぎるバンルと比べられてきただろうに、ルシヴに卑屈さはまったくみられない。本当に目標としていて、少しずつ実践しようとしていることがわかる。

 兄様はすごい、と言う彼の瞳はまっすぐだ。それがとても眩しかった。


「……そういうふうに思えるルシヴお兄様だって、本当にすごいですよ」

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