第67話 初中級生の始まり(2)
山小屋のようなものだろうかなどと思ったことが失礼なくらい、木漏れ日の家は綺麗なところだった。
居間といくつかの寝室からなる間取りで、内装は木立の舍にある寮とよく似ている。
居間の真ん中には琥珀色をした円柱状の岩があり、手を触れることで一時的な滞在者として登録されるらしい。強い光が発せられるのはシルカルの部屋でしたときと同じだ。
「寝室はどこでも良いか? 少し整えてやる」
「大丈夫です、ありがとうございます」
居間で待っているよう言われたのでそのまま窓際のくつろぎ空間に座る。東向きで、ちょうど陽の傾きかけた空がほんのり暗い。
藍色がゆっくり増えていくのを眺めているとルシヴはすぐに階段を下りて戻ってきた。
「クトィの使いかたは聞いているな?」
「魔法石にかざせば良いのですよね」
「ああ。レインの部屋は下から二番目だ。私は夕食を作っておくから、
……なんか、ルシヴがすごくお兄さんをしている。
今日だけで何度も覚えた感動のようなものを噛みしめながら階段を上り、二番目の部屋に入った。家具の配置は寮と同じだ。衣装棚の前に立ち、左腕に着けっぱなしにしている腕時計のような魔道具、クトィを取っ手の部分へかざす。
取っ手にはめられた魔法石の光が収まってから扉を開けば、家の衣装棚と同じ中身がそこにはあった。
ヴウゥゥ――……
「……シェツチィス・スツティッテ・ヒッフェホヒャ・ミミェヌネメ」
居間へ下りると、卓にはすでに料理が並んでいた。わたしとルシヴで向かい合って座り、感想を述べる。
料理など家事をするための魔法は中級生で習うらしく、ちょうど去年覚えたばかりの彼は得意げだ。さすがにヒィリカやシルカルが作るものよりかは不格好だけれど、ここはやはり目の肥えたマカベの息子。大胆な食材の使いかたに力強さを感じる美しい料理だった。
「生命力の表現が素晴らしいです。伸びやかさのよく出ているこの部分の曲線は特に美しく感じますね」
……わたしとしては、目よりも舌が肥えていて欲しかったけれど。作ってもらった料理に文句は言うまい。
翌日、昼食をとってから木漏れ日の家を出発し、夜中の少し遅い時間に木立の舍へ到着した。それでも家政師が夕食を作ってくれていて、今度はルシヴと感想を言い合いながら食べる。
夕食後は久し振りの女子寮へ。ずんずんと階段を上り、アンパサンドに羽が生えたような形に光る灯りが掛けられた廊下を進むと、わたしの部屋の扉にはめられた乳白色の魔法石に浮かび上がる文字が『初中級生・レイン』に変わっていた。
家政師たちが整えてくれているのか、部屋は綺麗なままであった。
木漏れ日の家でもしたように衣装棚にクトィをかざし、ジオの土地の家にあるそれと繋げる。
とても便利な魔道具だが、共有されるのは衣類だけだ。たいていの物はその場その場に揃っているため、いろいろなものを運ぶような機能は不要なのだろう。部屋の入り口横にある昇降用の魔道具も、結局一度しか使っていない。
……明日はのんびり曲でも作ろうか。そんなことを考えながら、わたしは眠りについた。
八の月になれば進級式だ。初中級生用の講堂は初級生用の南隣にあり、ジオの林からは少しだけ近くなった。とはいえ大した距離でもないため、わたしはカフィナやシエネとともに話しながら向かう。
担当教師は去年と変わらない。簡単な挨拶のあと、去年と同じくウェファが前に立った。
「まずは課題曲の楽譜をお配りいたします。これから説明しますが、初中級生の講義は少し特殊ですから、いつ試験を受けに来ていただいても構いません――」
去年より難易度の高くなった楽譜を配られたあとは、講義の流れを説明してくれる。
明日から九の月は、ルシヴが教えてくれたようにキッハの習得。最初は魔力の色変化を練習し、それから男女別にそれぞれ舞踊と絵画による魔法を教わる。
十の月から十二の月にかけては、神殿に滞在し歴史や儀式について学ぶ。驚くことに、三か月間ずっと神殿で生活するらしい。そのようなことは聞いていない、と思ったが、ほかの子供たちも驚いていたのでそういう方針なのだろう。アクゥギを作るクァジを教わったときも、そうだった。
「木立の日が明けて一の月からは音楽会の準備が主ですね。初中級生は複数人での演奏が義務づけられています。最上級生と違って男女の指定はありませんから、まずは他人と演奏をすることがどういうことなのかを知りましょうね」
思わず隣に座るカフィナと顔を見合わせた。わたしたちはとっくに複数人での演奏を経験しているのだ。真っ先に声をかけてきそうな女の子を思い浮かべて――カフィナも同じはずだ――笑みを交わす。
今年の音楽会はカフィナとラティラと三人で決まりだろう。
「そのあいだに新しい魔法の練習や、去年と同じように披露会を開催する練習も行いますけれど、こちらは課題にはなりませんから、そのときに説明いたします」
――初中級生の課題の中心は、神殿でサアレから出されるものですからね。そう言って微笑んだ彼女の表情が、なぜだか印象的だった。
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