第63話 デリ・サアレの来襲とマカベの娘(3)
夏の終わりのとある日、わたしはヒィリカに連れられて、ルシヴと一緒にシルカルの仕事を見学することになった。行き先はジオの神殿の北にある木で、マカベの儀の会場でもあった木立の者の仕事場だ。
バンルはこの前の春で成人したため、今はナヒマのもとで木立の者を支える文官として働いている。相変わらずシルカル譲りの優秀さで、次のマカベ候補と目されているという。
その本人は「まだ父様が現役だし、木立の者は既婚者から選ばれるものだからね」と笑っていたけれど。
さて、木立の者の仕事場に入るのははじめてだ。
中に入ってすぐ正面には両開きの大きな扉がある。左右にある階段は家と同じで、ヒィリカは右側、階上へ続くほうへ進んだ。階下は今までに見てきた建物と同じように、水場があるのだろう。
壁に沿って緩やかに曲がる階段をしばらく上ると、急に開けた空間に出た。吹き抜けになっていて、廊下がぐるりと一周している。
「入口の正面にあった扉の奥が、こちらですよ」
ヒィリカに促されて備え付けの椅子に座ると、欄干の隙間からちょうどよくその部屋を見下ろすことができた。
広い空間、そしてマクニオスを導く存在である木立の者の仕事場ということで、わたしはもっとたくさんの人が働いているものだと思っていた。
部屋の中央に置かれた卓にはシルカルと今日も華やかなジオ・サアレ、それからわたしの知らない男性が二人、計四人だけが座っている。そして壁際の席に控えている文官がナヒマとバンルを含めて十数人。全部で二十人ほどしかいない。
真ん中に座る知らない男性のうち、ひとりはジオ・サアレと同じ金色のマントを羽織っている。木立の者が集まる場と考えれば、彼は前にカフィナが教えてくれた神殿における木立の者、クストなのだろう。もうひとりは――
「……あ」
「レイン?」
と、思わず声が漏れてしまっていた。理解できるかどうかはさておき、ヒィリカはいつもわたしの質問にはちゃんと答えてくれる。遠慮なく質問してみることにした。
「お父様とジオ・サアレと……ジオ・クスト、でしょうか? あちらのかたは……?」
「彼はジオ・ヨナですよ」
ヨナ……ヨナ。今までにも何度か耳にした言葉だ。マカベはわたしたちで、サアレやクストが神殿の人たち。ということは、ヨナというのもマクニオスのどこかにいる人たちなのかもしれない。
「ジオ・ヨナがどうかしましたか?」
「彼の着ている服が、この前お会いしたデリ・サアレと似ているな、と思ったのです」
ジオ・ヨナが着ているものは赤であり色こそ違うけれど、大きな布を身体に巻き付けたような形が同じだ。
いっぽうでジオ・サアレは金色のマントの下にマカベと同じ黒い服を着ている――あれ、ジオ・クストは斜めに向いているので気づかなかったけれど、よく見ると濃い茶色の布を身に着けているようだ。
彼らがどのような基準で服を選んでいるのか、わからなかった。
「デリ・サアレはヨナの女性と婚姻を結びますから、ヨナの服を着ているのですよ。ジオ・サアレはマカベと同じ服を着ているでしょう?」
「彼はマカベの女性と結婚するのですね」
「そういうことです」
何となくわかってきた。やはりヨナというのはマカベと同じようにマクニオスに住む人たちで、多分、違う民族だとか、そういうものなのだろう。
金髪を短く刈り込んだジオ・ヨナの顔つきはわたしからするとマカベとそう変わりはないように見えるけれど、肌はほどよく日焼けしていて、体格もしっかりしている。風習の違いが見てとれた。
それでも男性は結婚相手に合わせて自分の服を替える。
こうして土地のことを一緒に考えるために集まる。
異なる民族どうし、仲良くやっているのだ。
「……あれ、でもマカベの男性がヨナの格好をしているのは見たことありませんね」
ヨナが着る服を見たのはデリ・サアレに会ったときがはじめてだ。それを思い出して言うと、ヒィリカとルシヴが心底驚いたふうに目を丸くさせた。
「何を言っているのだ?」「何を言っているのです?」
そして見事な同調。二人は互いに顔を見合わせて、それからヒィリカが溜め息混じりに続けた。
「マカベとヨナが婚姻を結ぶことはあり得ません。子が成せませんから。神殿が特別なのです」
「……。……え?」
この感覚は久し振りだ。常識がまったく違う。
子が成せない? マカベとヨナは、同じ人間ではないのだろうか。……待って。その前に、気立子としてよそからやってきたわたしはどうなのだろう。
……いや、待っても何も、わたしはここで結婚するわけではないのだけれど。
わかりやすく顔に出ていたのか、ヒィリカはわたしの内心の疑問を感じ取ったようだ。
「あなたはマカベの儀でマカベとして認められたではありませんか」
……前言撤回。わたし、まったくわかっていない。宗教って難しい。
それはそうと、マカベとヨナが少なくとも違う民族であるという認識は合っていた。
マカベは芸術による魔法で、ヨナは農業や工業などの技術で、互いの生活を支えているらしい。そしてそれを調整するのが神殿、といったところだ。
今日の集まりもそのためのもの。
ヨナにはヨナの美しさの基準があって、それは決してマカベが共感できるようなものではないけれど、同じ神さまを敬い、神さまが望むままマクニオスという土地を守るために生きている。神さまも両者が支え合うことを望んでいるので、このような関係になっているのだという。
こうして見ていると、ヨナとマカベの違いは顕著だ。それは服装や見た目の話だけではない。
ジオ・ヨナの声は大きくて感情的だった。身振り手振りも激しくて、わたしでも大げさだなと思うくらいに。
魔力のあるわたしは何にせよマカベに引き取られたのだろうけれど、ヨナのなかに放り込まれていたら大変そうだ。感情を徹底して抑えるマカベとどちらが良いかと聞かれれば、難しいところだけれど。
木立の者による話し合いは続いている。
無表情かつ最低限の動きにシャンと音を鳴らすシルカル――ジオ・マカベ。
感情をよく乗せた表情と動き、芝居がかった口調で話すジオ・ヨナ。
彼らの会話が噛み合っていることが不思議なくらい、シュールな光景であった。
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