第61話 デリ・サアレの来襲とマカベの娘(1)
木立の舍では教師から見た評価がつけられていたようで、四の月の半ばごろ、家に成績のような書類が送られてきた。
保護者たちによる確認のあと、自分でも把握しておきなさいと言われて渡されたそれを見てみる。
数値での段階評価ではなく、文章による講評なのだが……音楽だけがわかりやすく褒められている。基本的な所作に問題はないが、気立子であることを考慮してもマカベとしての意識が低い。魔力の扱いも下手。ぎりぎり講義をこなせている程度なのでもっと頑張りましょう、といったことが丁寧な言葉で書かれていた。
その通りなので言い訳などできるはずもないが、こうもはっきり書かれると哀しいものである。
シルカルとヒィリカはこの評価に対して何も言ってこない。
ただ、いろいろな人と関わるようになったわたしにはわかった。彼らにはとてもがっかりされている。……多分、バンルやルシヴにも。
平凡なわたしに過度な期待をして欲しくない、という気持ちが変わることはない。けれど、ここで頑張ることが神さまに、そして帰る場所に繋がっているのだということをわたしは確信している。だから……少なくとも魔法だけは、頑張ろうと思う。頑張らなくてはいけない。
ということで、わたしが次にやらなければいけないことは絵画であった。
女性は絵画で男性は舞踊。音楽の次に重要とされる芸術だ。初中級生になれば略式魔法のひとつであるキッハを習得する必要があるため、その下地作りは目下いちばんの課題と言えよう。
……略式魔法ということは、イョキを習得したときのように何度も繰り返すことになるのだ。
緩いイラストであればわたしにも描けるけれど、マクニオスで求められるのはデッサン能力。見たものを正確に描けるようにならなければいけない。
ヒィリカが描いたという写真のような風景画を、わたしはヌテンレを使ってただひたすらに模写し続けた。
「光と影を意識して描くことが上手になりましたね、レイン」
「シユリお姉様がわかりやすく教えてくださったおかげです。ありがとうございます」
音楽と違って基礎も何もないわたしに絵の描きかたを教えてくれるのはシユリだ。本人は謙遜するがあのヒィリカの娘、それに教師ともなれば技術力も指導力もある。そんな彼女が親身になってくれているのだ、自分の絵がどんどん上達していくのがわかった。
全面的にシユリのおかげなので、わたしは彼女に心からの礼を言う。……視線だけは、その手もとを気にしながら。
「ふふ、レインは絵の上達を褒められることより、こちらのほうが嬉しいようですね」
クスクスと笑いながらシユリは手に持っていた二枚の紙をこちらへ差し出してきた。それを受け取り、さっそく目を通す。緩む頬を抑える気のないわたしは、とてもだらしのない顔をしていると思う。取り繕おうにももう遅いので仕方ないのだ。
一枚はシルカルが書いた詩、もう一枚はその詩を書いたときの心境や、求めている曲の雰囲気などが綴られている。
つまるところ、わたしへの作曲の依頼である。
「お父様とお母様が二人で演奏をするための曲ですね」
日々、絵を描き続けたりマカベとしての知識意識を詰め込まれたりしているわたしが音楽を欲していることなど彼にはお見通しなのだろう。これはご褒美であり、息抜きだ。これがあるから頑張れているといっても過言ではない。
「あら。それでしたら披露会ではなく、マクニオスでの木立の者の集まりで演奏するおつもりなのでしょう」
「……それって、けっこう重要な曲ではありませんか」
「レインの作曲なら大丈夫ですよ。そうでなければ、あのお父様が依頼するはずありません」
……そう。それに、わたしが作った曲をシルカルたちが上手く利用していることも知っている。
ヒィリカが喜んで演奏するだろうなとははじめから想像していたし、実際に彼女が開く披露会ではわたしの紹介とともに演奏が行われた。本当にわたし自身が作曲をしていることを知ると、周囲の人びとのこちらを見る目も少しずつ変わっていくものだ。
ヒィリカやシユリのおまけだけでなく、わたし宛に披露会の招待が届くようになった。不思議な気立子としてではなく、音楽好きなマカベの娘として扱われることも増えてきた。
そして今度は、曲だけとはいえ、ここマクニオスの中心たる木立の者たちの前に出されるらしい。
新しい曲が純粋に楽しみにされていることは嬉しく思うし、こうしてジオ・マカベの家としての美しさを周囲に認めさせたり、わたしの立場を守ろうとしてくれたりしていることも明らかだ。そのやりかたには感心するばかりである。
優秀なマカベとしてのレインを求められていて、その道は、確かにわたしが進むべき道だ。
だけど、わたしは困惑している。
……彼らはわたしを、どうしたいのだろう。
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