第59話 初級生の音楽会(1)

「レイン様。ほら、ヅンレ様の出番ですよ」


 ぼんやりと空を仰ぎ木漏れ日を顔に浴びていると、カフィナにそう声をかけられた。

 陽だまり部屋の中心、大きくて薄い切り株でできた丸い舞台に視線を向ける。そこではヅンレが椅子に座り、ダルシマーに似た形のアクゥギを台の上に乗せていた。




 三の月、木立の舍における一年の終わりに開催される音楽会。

 音楽の演奏によって一年の成長を見せるためのものではあるが、将来の伴侶を探す場という色が強く、また、最上級生にとっては成人の儀を兼ねているということで、さまざまな意味で重要な行事といえる。


 初中級生から最上級生は、マクニオスでもっとも大きな陽だまり部屋で四週間にも渡って開催される音楽会への参加が義務づけられている。五つの級の舎生が集ううえ、その保護者や木立の者たちも鑑賞するためにやってくるのだ。さぞかし豪華な音楽会となるに違いない。

 しかし初級生だけは別枠だ。期間は最後の一週間のみで、本枠とは別の陽だまり部屋を使って開かれる。

 何故初級生だけ分けられているのかはわからないけれど、わたしは舟の作成がぎりぎりだったので、もしほかの級と同時開催であれば落第していたかもしれない。音楽会に間に合って本当に良かった。


 ……それにしても、伴侶探し、ねぇ。

 あくまでも芸術を披露する場である披露会でもそういう・・・・動きがあったのだ。であれば、音楽会というのはいったいどれだけの思惑がひしめき合うのか……見てみたくもあるし、面倒だなとも思う。

 

 結婚相手が決まっている者はその相手と、また最上級生は相手の有無にかかわらず男女二人での演奏が必須らしい。そういえば木立の日にシルカルたちと夕食をとったときも、彼らはバンルの音楽会の相手がどうのという話をしていたような。

 結局ヒィリカに頼んでいたので、相手がまだいないのか、それとも候補が多すぎて選べないのか……。

 まぁ何にせよ、ここで結婚するつもりなどないわたしには無縁の話だ。


 さすがに相手の決まっている子はいないからか、初級生の演奏はマカベの儀と同様に一人で行う。

 ただし、曲にはある指定があった。


 ――それは、恋や愛を主題とした歌であること。


 十歳に恋愛を語れと? そう思ったけれど、ほかの子たちは普通に受け入れているようだった。

 とにかく、主題が指定通りであれば自作の曲でも良いのだと教師は言っていた。が、初級生で曲を作れるのはわたしだけ。その教師の発言は明らかにわたしに向けてのものである。

 勿論、期待には応えることにした。




 初級生の音楽会、一日目の終盤。

 テレレン、とヅンレが両手に持った棒――これもアクゥギの一部らしい――で弦を叩き音を出す。何度かそうして音を確認してから、彼は準備ができたことを知らせるためウェファに目配せをした。


「それでは、ジオの土地、ヅンレ様の演奏です」


 ヅンレの腕は特別に良いとは言えないが、真面目に練習してきたことがわかる丁寧な演奏をする。丁寧すぎて、歌詞をよく聞いていないとこれが恋の歌だとはわからないところが面白い。

 想い人に何度も心の内を告げる歌。情熱と執念の恋。それを無表情にうたいあげている。

 彼のことだから、きっと歌詞の意味もしっかりと調べて理解していることだろう。それでもまだ十歳、そこに情感をともなわせることは難しいようだ。これまでに演奏していた子たちにも、わたしは同じ印象を抱いていた。


 もしかすると、初級生だけが別枠である理由にはそういう部分が関係しているのかもしれない。


 二日目の演奏者でわたしがよく知っている子はシエネだ。

 演奏技術はそこそこといったところか。それでも指先の使いかたや視線の持っていきかたに女の子らしさが滲み出ていて、わたしたちの目を引き付けるには十分だった。


 ちなみに今日シエネが纏っているツスギエ布は花畑のような明るい色合いだ。ところどころを花のようにくしゅりとつまんでいる。同じ布で作った小さな花がふんわり編み込まれた金髪を飾り、とても華やかに見えた。

 全体が綺麗にまとまっていて派手さを感じさせないところもさすがだと思う。


 改めて周りを見てみると、女の子たちはいつもよりツスギエ布の纏いかたが豪華で、髪型にも凝っている。男の子も金属飾りの音が凛と響いている気がする。


 ……そうか。これはいわゆるハレの日なのだ。わたし、何も考えていなかった。


 こっそり右隣に座っているラティラを覗き見る。普段のツスギエ布の色選びから好みが似ている――控えめなものを身に着けることが多いという点で――と思っていた彼女でさえ、音楽会がはじまってからはツスギエ布をリボンカチューシャのようにして着けている。

 勝手に仲間意識を持ち、勝手に裏切られた気分になって、わたしは小さく息を吐いた。


「どうしましたか、レイン様?」

「いえ、その……」


 言いよどむわたしに、しかしラティラは何のことか想像がついたようだ。優しく微笑みながら、自身の、銀か金かいまだ判断しかねる薄色の髪にさらりと指を触れた。


「ツスギエ布は魔力をよく通しますから、このような場では身に着けるようにしているのですよ。……普段の演奏から光っていらっしゃるレイン様には不要と思いますけれど」

「え……?」


 彼女なりに褒めてくれたのだろうが、そのような、人を電飾人間か何かのように言うのはやめてもらいたいものだ。

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