第57話 空を飛ぶ(3)

 重たい空気を拭えぬまま、わたしは寄ってきた鳥すべてに魔力を込め、その感覚を確かめた。

 いちばん相性が良かった鳥だけを残し、あとは放す。といっても、流した魔力の余韻が残っているらしく、すぐには立ち去ってくれない。「しばらく放っておきなさい」とデジトアに言われた。


 続けて鳥を魔道具にするためのクァジをうたう。わたしのクァジにはある程度の信頼を置いてくれているのか、デジトアも口を挟んでこない。……あっという間に完成したケルテアに、何か言いたげではあったけれども。

 いつものように出来栄えを確認してもらっているうちに、選ばなかった鳥たちはどこかへ行ってしまったようだ。

 別に寂しいわけでもない。これが本来のあるべき姿なのだから、魔道具にならなくて済んだ鳥たちは自由に飛んでいれば良いと思う。


 まぁ、とにかく。いろいろと思うことはあったけれど、無事に羽は完成した。

 フラミンゴと似た色で、よりやわらかな薄桃色の羽だ。

 可愛すぎる気がするけれど、感覚が合わなくて落下、なんてことには絶対になりたくないので仕方がない。マカベ的に怪我は駄目だとか、そういう話以前に、痛いでは済まされないだろうから。


 さすがにその場で飛びかたを教えてもらえるわけではなく、翌日、ほかの子供たちとまとめてツェシゥに教わることとなった。初日に鳥が決まった子たちと、決まったその日に作成まで終えたわたしは、ちょうど完成の時期が被ったのだという。

 ちなみにカフィナとラティラはすでに飛べるようになっているらしく、今日は講堂で課題曲の練習をしていると言っていた。勿論、「レイン様も早くいらしてくださいね」という言葉とともにだ。


 フラルネにはめていた薄桃色の魔法石に触れると、一瞬で背中に新しい感覚が生まれる。

 肩越しに後ろを振り返ると、それなりの大きさの羽が見えた。薄桃色のそれが、わたしの身体の一部なのだと存在を主張するように揺れる。



 小さな雛鳥 小さな雛鳥 木の遥か遠くへ 飛べ 飛べ――



 魔力を込めて羽を動かせば、身体が何の抵抗もなく宙に浮いた。

 ……これは。

 重力に囚われない身体。息苦しくない呼吸。上下左右前後、思うままに動くことができる。

 まさに、身ひとつで空を飛んでいるのだ。


 とても気分が良い。もしかしたら怖いかもしれないと思ったけれど、そんなことはなかった。自転車に乗る感覚と似ている気がする。

 ペダルを踏みこむ力を無意識に決められるように、羽ばたきの強さを決められる。

 進みたい方向へハンドルを向けられるように、風の流しかたを知っている。


 わたし自身が羽を動かし、自分の意思で飛ぶ。癖にならないわけがなかった。

 羽を動かすのに魔力を流す必要があるため、わたしはうたいながらでないと難しいけれど、それすらも楽しい。

 空を飛ぶ練習と称して何日も空の散歩を楽しんでいたら、当然の結果というか何というか――ラティラたちに掴まった。


「魔力を流すために、うたっているのですよね。わたくしたちもご一緒します」




 困ったことが起きたのは、舟の作成がはじまってすぐのことだった。

 舟の材料は一本の木であり、羽と同じく自分の魔力との相性が重要となる。


 問題は、木を探す方法だ。捕まえておき、魔力が合わなければ逃がせばいい鳥と違い、木を先に用意しておくことはできない。ヌテンレのように自分で探しに行かなければならないのだ。――魔力の相性を確認するための歌をうたいながら、空を飛んで。


 わたしはいまだに歌がないと魔力を思うように動かせないのだ。ただ込めるだけであれば別の歌でもできるが、空を飛ぶための細かな制御となると、最初にフェヨリが教えてくれたあの歌でないと難しい。


「まずはうたわなくても魔力を扱う練習をしましょうか」

「そう、ですね」


 ……このような弊害があったとは。

 本当に難しいのだ。みんなは簡単そうにしているし、いつまでたっても上達しないわたしに呆れた顔を向けてくるけれど、物心ついたときから魔力の存在を知っていた彼らとは根本的に違うのだということをわかっていない。



 小さな雛鳥 小さな雛鳥 木の温みのなか 育て 育て

 小さな雛鳥 小さな雛鳥 木の遥か遠くへ 飛べ 飛べ



 歌をうたって、魔力のざわざわを感じる瞬間を捉える。頭か、胸か……どうやって作られているのかはわからないけれど、その辺りから出てくる気がする。マクァヌゥゼを演奏して略式魔法を覚えるときのように魔力の感じを覚えるのだ。

 ……待って。これ、略式魔法みたいにできないだろうか。

 二曲を同時にうたうことはできない。けれど、歌の隙間にイョキを唱えることならできるのではなかろうか。そう思い今度はゆっくりめにうたってみる。


「きの、ぬくみーのなかー……」


 ここだ。最初に出てくるのを感じるのは「木の温み」とうたったとき。そこを何度も繰り返し、丁寧に一語へ込める。


「……木の温み」


 ざわりと魔力が動く。成功だ。少しの間であれば自由に動かすこともできる。

 これでわたしも舟を作るための木を探しに行ける、達成感とともに顔を上げて、笑顔のフェヨリと目が合った。こうして目が合うときは大体、何か問題があるときだ。


「レイン様」

「はい。うたわなくても魔力を動かせるようになりました」

何もしなくても・・・・・・・動かせるようになりましょうね」


 気づかれていたか。ニコリと微笑むその瞳の奥に圧を感じ、わたしは素直に返事するほか、なかった。


 ……心のなかでこっそり唱えるくらいなら、問題ないよね。

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