第55話 空を飛ぶ(1)
木立の日が明ければ一の月だ。季節の変化に乏しいマクニオスにも春がきて、心なしか、風に混ざる優しさが割り増しになっているような気がする。
汝の心 我とともに
汝の姿 我とともに――
スダの土地に近い森の中、わたしたち初級生の歌声が響く。
これから三の月にかけて飛行用の魔道具――ケルテアを作成することになっていて、二種類の形態があるケルテアのうち、まずは通称「羽」と呼ばれるほうを作るのだ。
男女に分かれて入った光の膜が囲む空間には、それぞれ濃色、薄色の鳥がいて、その鳥たちに向かって短い歌を繰り返しうたう。「魔力を込めながら」と言われたので一瞬怯んでしまったが、この歌も魔力の動きがわかりやすく、心配はいらなかった。
「――きゃあっ!」
と、叫び声が聞こえてくる。恐怖というよりはしゃいでいるといった様子で、声がしたほうを見ると、ある女の子の足もとに一羽の鳥が寄ってきていたようだ。白い羽は白鳥のように美しいが、短い足を使ってぺこぺこと歩く姿が可愛らしい。
「わたくしのところにも……!」
「まぁ、可愛らしい!」
それを皮切りに、今まで思い思いに動き回っていた鳥たちが次々とみんなのもとへ歩きだす。光の膜の向こう側で、この講義の主任である女性教師、ツェシゥが満足そうに頷いているのが見えた。
「ケルテアは、魔道具の材料との魔力の相性が非常に重要です。鳥が寄ってくるのは相性が良い証。ツスギエ紐を結んでわかるようにしておいてくださいませ」
「ツェシゥ先生、わたくしのところには二羽も寄ってきたのですけれど……」
カフィナが恐るおそるといった様子で発言する。彼女の足もとには確かに二羽の白い鳥が寄り添っていて、カフィナが動くのに合わせてぺこぺこついていく。そのたびにカフィナの緩く波打つ薄金の髪やツスギエ布がふわふわと揺れる。まるで親子のようだ。
「ええ、その場合はより相性が良いほうを選ぶことになります。選ぶ方法は教えますから、数羽が寄ってきたかたは膜の中に残ってください」
ツェシゥがほかにも該当者がいないか確認するために左右の空間を見回す。……そうして、わたしと目が合った。
「……そうでした」
俯いたわけではない。わたしはただ、
そう、わたしのもとへは一羽も寄ってこなかったのだ。
また何か言われてしまうのだろうかと身構えたが、しかし、ツェシゥは簡単に理由を教えてくれた。
「マクニオスの女性に合わせて鳥を用意していたのです。レイン様は気立子ですから、このなかには相性の良い鳥がいないのですね」
「どうすれば良いのでしょうか?」
「そうですね、舟をお持ちの先生は……」
「私が持っている」
ツェシゥが周囲で子供たちの補助をしている教師らに目を遣ると、デジトアが名乗りを上げた。彼はそのままわたしに手招きをする。
一度ツェシゥを振り返り、彼女が行きなさいと頷くのを見て、わたしは光の膜に囲まれた空間を出た。
それからは毎日デジトアの舟に乗り、マクニオス周辺にある森のあちこちであの短い歌を何度もうたった。けれど鳥はなかなか寄ってこず、寄ってきたかなと思ってもデジトアが「この程度では相性が良いとは言えない」と首を振るので決まらない。
「わたし、うまく魔力を込められていないのでしょうか……?」
歌はともかく、魔力や魔法に関する自信はまったくと言って良いほどないのだ。ほかの子たちにはすぐ寄ってきたというのに、あまりに成果が上がらないのでさすがに不安になってきた。
しかし、これに対してもデジトアは首を振る。何故か溜め息混じりに。
「……自覚していないのか? 魔力は十分すぎるほど込められている。ここまで見つからないのも珍しいがあり得ないことではない。ツェシゥが言っていた通り、ケルテアは魔力の相性が重要なのだから、しっかり探しなさい」
「わかりました。……あの、毎日付き添ってくださってありがとうございます」
わたしが礼を言うと、彼は当然のことだと鼻を鳴らす。まぁ、前みたいにわたしが変なことをしでかさないよう見張りの意味もあるのだろうけれど、ちゃんと面倒を見てくれているのは確かで、ありがたい。フェヨリもそうだったが、木立の舍の教師たちはみんな面倒見が良いと思う。
それからさらに数日後、わたしはものすごい数の鳥が集まっている湿地に連れてこられた。ほかの場所では見ないような花が咲いていたり、ところどころが小さな池のようになっていたりして、独特の雰囲気がある。ちょうど動物たちの休憩所のようになっているのだろう。鳥だけでなく、さまざまな種類の獣の姿もあった。
「ここはあまり来たくなかったのだが……」
珍しく苦い顔をしているデジトアに首を傾げると、彼は気にするなと言ってわたしに歌をうたうよう促す。
汝の心 我とともに
汝の姿 我とともに――
……え?
短い旋律を一周しただけで、水を飲んでいた鳥やら獣やらのなかの一部が、ピクリとその身体を動かした。驚いて歌をとめたけれど、デジトアには続けるよう目配せされる。わたしは浮き足立つのを抑えるようにより大きな声を出す。
そして。その一部の生き物たちが、完全にこちらに身体を向けた。獲物を見つけたと言わんばかりの視線が怖い。けれど、歌をとめることは許されない。
「――やはりな」
デジトアはそう呟き、腰のフラルネに手を触れた。
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